八代目組長、柳かなでと申します!


#3話

@柳組事務所
柳組では、組長代理、と言うべきであろうか、龍平が自室に籠もって3日も出て来ていないという話題で持ちきりだった。幹部らが権力争いに今にも動き出そうかというような雰囲気が組に漂う中で、本来ならば若頭であった龍平が親分の亡き後、組長の最有力候補であるのに何の動きも見せていない。龍平の舎弟が、朝昼夜の食事と飲み物、酒を運びに呼ばれるだけで、幹部らは勿論のこと、龍平の食事などを運ぶ舎弟以外は、一切自室に入らせない。食事を運んでいる舎弟の話では、龍平は重厚なデスクに肘をつき、両手を組み、いつも何か深刻に考えている様子だとの話だった。

宮下は郡司に命じられ、他の幹部らの動向を探っていた。郡司の計略はまだ聞いてはいない。しかし郡司も権力争いに角逐するには違いないと宮下は踏んでいる。ただ郡司の派閥だけで争いに加わるのか、それとも他の幹部、誰かと協力して争うのか、それは全く分からない。郡司は警戒心が強く、自身の舎弟とすら慎重に付き合う。宮下は自分の働き次第で、郡司の考えが纏まるのではないかと思い、郡司に初めて大きな仕事を任された、と息巻いていた。

@柳組本邸 龍平自室
龍平が自室に籠もって5日目になった。ひたすら柳かなでをどう処分するか考えていた。幹部らの権力争いが今にも始まりそうなのもわかっている。そんなものは親父の四十九日の間から幹部らは皆、野心の片鱗は覗かせていて、十分わかっていた。この最悪なタイミングで柳かなでという存在が出てきてしまった。柳かなではまだ一般人である。…一般人を殺す、しかも俺と同じく親父の血を引いているまだ16にしかならない子供、俺の妹を。
柳かなでを殺すという決断は、龍平にはどうにも決断しようが無かった。龍平は、組長の実子として育てられたから、ヤクザの家庭にいたから、組長である親父を尊敬していたから、ヤクザの世界に入ったようなものだった。龍平の本当の性格は、争いやいざこざが嫌いで平和に穏便な毎日を送ることを好んでいた。他人の立場になって物事を考える、温厚で優しい人柄だった。そんな性格の龍平はヤクザの世界に本格的に入っても、殺しだけは嫌だった。ただ、抗争は現実的に有る。この世界に踏み入れたからには仕方のないものとして捉えてきた。龍平が親になり、周という子供を育てた。周は勉強が好きで、大人しい子供だった。龍平から見ても組には興味の無いように見えた。龍平はそんな周の姿を見て少し嬉しかった。周はこの世界とは無縁の世界で生きていくと思っていた。だが…、周はいなくなった。大きな事件が起きた直後に。組の皆が消えた周を犯人だと思い込んだ。それに、最後の事件…、俺の母親が殺された事件で額に貼られた紙に書かれた筆跡が、周のものだと断定された。さすがの俺もあの一連の事件の犯人は、周だと考えるしかなかった。自分の子供に自分の親を殺される、こんな悲しいことはなかった。それ以来、余計に殺しが嫌になった。
5日間、龍平は考えに考え、かなでを殺す、というのは選択技から外した。殺す以外の方法で、かなでから組長の座を奪い取り、財産も全て奪い取る、そう決断した。ただ、どういう方法があるかというと、龍平には思いつかなかった。親父の遺言書を無視した場合、刑事罰を受け、俺が相続権を失う。かなで自身に相続を放棄させればいいが、組長の権利は喜んで相続放棄するだろうが、莫大な財産の相続を拒否するだろうか…、とはいっても親父は全てをかなでに譲る遺言書を残している。弁護士に調べさせたところ、そんな都合のよい遺産放棄や相続放棄はないと言いきった。かなでは乳児院、児童養護施設で育ち、母親と短い間一緒に暮らしたのち、苦学生として生きていることがわかった。金銭的にかなり困っているような調べもついている。財産は全てでなくても欲しいのではないか…
誰か信用できるヤツに相談したい。しかし相談したら、舎弟や金で釣った殺し屋、闇バイトでもなんでも使って、そいつ自身に足が付かない形でかなでを殺しにかかるだろう…
龍平はため息を吐いた。結局、何の答えも出ていないじゃないか…宗佑が前に俺に言っていた決断力がないとはこのことか…龍平は天井を仰いだ。

@下村アパート
30秒かそこらでかなでの思考は再開し、直ぐにドアを閉めようとした。町田は瞬時に両手でドアを掴み、かなでがドアを閉めるのを阻止した。かなでは叫んだ。
「やめてください!警察呼びますよ」
町田はドアをしっかりと掴んだままかなでに話しかけた。
「かなでさん!話があるんです!」
かなでは有らん限りの力でドアを閉めようとしながら、
「あなたから話なんて聞きたくない、あなたは私の味方じゃない!」
大きな声を聞きつけたアパートの住人たちが何事かとドアを開け始めた。見知らぬ男が203号室のドアを掴んでいるのを見て、警察を呼べ!と誰かが叫んだ。男性の住人たちは町田をドアから引き離そうとしたが、町田は思いのほか力が強かった。町田は住人たちの力に必死に抵抗しながらドアを掴み、叫んだ。
「あなたは未成年です!そして私はあなたの正式な法定代理人で、弁護士だ!」
その言葉で住人たちの力が緩んだ。
「あなたは相続人になった、柳家、ただ一人の」
かなでの手から力が抜けた。
そして無表情で、
「お母さん、死んだの…?」
かなでは呆然と立ち尽くした。

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