電車内でパクつく女。
日払い派遣労働が済んだ。
いつ行っても何回入ってもシンドイ現場だ。
水やジュース、ビール、酒のケースを何百個、
何千個持ち上げた事になるんだろう。
我々底辺は爺さんになってもこなさなければならないのか。
今日は爺さんが多かった。
大柄でがっしりはしている。
力仕事をしてきたのだろう。
でもその作業の時は明らかにスピードが落ちる。
絶対身体はキツい筈。
でも労働している年配が眼の前にいる。
65歳になったときに
あの時60歳だったんだなぁと感じると
人生の先輩は語る。
今でも身体はキツい。
全てがキツい。
さらにしんどくなると先輩達は言う。
私も57歳。すでに必死。
財産、貯蓄、親、何も無し。
ただ死んでないだけみたいな感じがする時がある。
残酷な社会だ。
キツいキツい肉体労働が済んで駅まで歩く。
冬の雨が降ってる。
傘はない。
濡れる覚悟を決めてニューヨークポークパイハットを被りドカジャンの襟を立てて歩き出した。
雨の線は細いしドカジャンもまだ新品なので
雨を弾いてくれると想う。
途中でコンビニでいつも通りトリスハイボールと
豆菓子を買った。



隠すように飲みながら駅までもう少し。
ホームの待合室は空いていた。
豆菓子を食べながらドカジャンのポケットに
入れたトリスハイボールは半分くらい溢れて
減っていた。
ポケットの中も濡れた。
各停電車が到着。
空いていたら椅子の端っこに着席し
トリスの残りと豆菓子を味合うつもりだった。
しかし座れたが向かいの席と隣りに人が座った。
土曜日の夜の初めだった。
一駅目に着くと部活帰りの学生も7人ぐらい乗ってきた。
ハイボールはポケットに入れたまま我慢することにした。
豆菓子だけ取り出して食べた。
対面の右端の席の女性も何か頬張ってモグモグしていた。
目が合った。
お互い意識している感じに観えた。
私は昼おにぎり一個で肉体労働現場だったので
腹が減って堪らなかったが豆菓子をモグモグするのを辞めた。
何か気恥ずかくなったからと想う。
女性はずっと食べるのを辞めなかった。
口腔の中で咀嚼しているのがパンかグミかスナック菓子かは観察できなかった。
たまにチラチラ視線を向けてくるのは気づいていた。
私のポークパイハットと作業ドカジャンの衣装が
珍しいのか〆
昔付き合った男に似ていると憶い出しているのだろうか〆
或いは、連日の労働を終え、やっと誰もが解放される週末の夜の性的な相手として私を官能的、淫欲的に捉えているのか〆
ただ単にモグモグしている自分に開き治り「何観てんねん。ほっといてや」とか想っているのか〆
私は皮のブックカバーを着せた岩波文庫を読むフリをしながら女性の脳内を想像してみた。
JR京都線普通電車モグモグ女子は決して若くはなく
おばさんでもなかった。
容貌は美形でも決して不細工とも断定できなかった。
ただ少し太ってるのは間違いない事実だった。
二十三分から二十五分くらい過ぎた。
間に七駅通過後下車駅のアナウンスが流れる。
降りる駅もいっしょだった。
私はなぜか女性が歩く反対方向の階段へと踵を返した。
そこで初めてモグモグ女性の服装が眼に入った。
電車内で女性の口、頬っぺたの動きと脳内に集中していた自分に気がついた。
白の小綺麗なフード付きダウンだった。
まだ口をモグモグさせながら大阪駅構内に消えていった。
容貌は不細工でも美形でもなかった。
若くはなかった。
「おばさん」といえば感情を害する年頃に視えた。
少し太っているのだけは断定できた。
白いパーカーダウンを着て何か食べていた・・・