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ニューノーマルはパンク【2】
美しいってなんだっけ
英国王立美術学院の名誉フェロー 栗野氏はモードという言葉について記者に問われ、こう答えている。
ファッションの文脈では、「衣服を通してすべての人に共有される美意識」
(「モードは終わった」by栗野宏文上級顧問 連載「モードって何?」Vol.5 | WWDJAPAN.com より)
ヒエラルキー構造によって一つの価値観が時代の潮流として大きな力を持ちえた時代がファッションの世界でも長く続いた。
時は流れ、インターネットとソーシャルメディアの発展がオールドノーマルを破壊した。
栗野氏の言葉を借りれば “10人いれば10通りの、千人いれば千通りの美意識が発信され、それらの価値が認められる時代” へと移り変わったのだ。
今ほどソーシャルメディアが力を持たなかった時代にファッション業界に身を投じ、オールドノーマルに迎合することなく破壊と創造を繰り返し続けてきたデザイナーがいる。
その一人がリック・オウエンスだ。
選択肢を提示する
アメリカのカリフォルニア州で生まれ育ったリック・オウエンス氏は、学校でファイン・アートを学んだ後、アパレルの世界へ踏み入れる。
運命の人、ミシェル・ラミーと出会い、彼女のもとで働いた経験を活かして1997年に自分の名前で作品を世に送り出した。
彼の世界に触れるならまずファッションショーを見ることをおすすめする。
独創的、という言葉がふさわしいデザイナーだと思う。
彼のクリエイションは服や靴、カバンやアクセサリーといったファッションアイテムだけに止まらず、インテリア、彫刻作品など様々なものをデザインする。
インタビューには彼の謙虚さと反骨心がにじみ出ている。
これまで「私のやり方が唯一無二だ」なんて言うつもりで手掛けたものは1つもない。だが、これを人生を通して主張してきたことが、私の美学を唯一無二なものにしているのかもしれない。自分の美学を仕事に反映させること、これこそ私が人生を通してやってきたことだ。私は非常に抑圧的で保守的な地域で育てられ、ある1種類の美学を身に付けるように幼い時から強制させられてきた。だからここでは他の選択肢を提案する。代替案ではなく、あくまで選択肢としてね。
栗野氏が指摘したように、ファッション業界では美意識は一方通行で権力の強い側から弱い側へ一方的に押し付けられる状態であった。
リック・オウエンス氏は強制された過去の経験に反発するかのように既存の美に疑問を呈すような装いを提案し続けてきた。
それは外部の人々と協業する際にも貫き通されてきた。
老舗のサンダルメーカー、ビルケンシュトックとのコラボにあたり彼はこうコメントしている。
「ただ単にサンダルを装飾することには興味がない。スパンコールやスタッズをあしらうだけにはとどまりたくない」とリック。「今回私は、個性的なかたちにこだわりました。だからストラップを長くした。これを実現するのがどれだけ大変だったか、みんなには想像もつかないはず。Birkenstockが重要視するのは、何よりもまず安全性。それが彼らの価値観ですし、私はその点で彼らを尊敬しています。そもそもそれこそが、彼らといっしょに仕事がしたいと思ったきっかけですから」
そして今年、あのコラボが実現した。
美の破壊者
つま先の四角い、歪なジャック・パーセルが発表されたのだ。
コンバースのブランディス・ラッセル(Brandis Russell)=フットウエア部門グローバル・バイス・プレジデントは、「コラボレーションの目的は既成概念を破り、先進的なフィットやフォーム、機能性を追求することだが、リックはそうしたことの名人だ。彼は恐れることなく従来の型を破壊して、挑戦的な独自の美しさを『コンバース』にもたらしてくれた」と述べた。同社が四角いトゥのスニーカーを発売するのは、1908年の創業以来、初めてのことだという。
オウエンスは、「私がデザインするスニーカーは、誇張されて仰々しく、少しグロテスクでもある。私は既存のものを壊したいと考えているが、それは完璧な美、もしくは伝統的な美の基準は非常に厳しく、そこから外れるものにとっては残酷だと思うからだ。(美の基準の)限界を押し広げることは、異なるアイデアを許容することを意味する」と説明した。
凝り固まった価値観の破壊の先に生まれるものが多様性の肯定だと、分断の多く生まれる今の世界にファッションを通して彼が伝えようとしているようのではないかと僕には思える。
ダイバーシティ。愛とパンク
大切なのは、あらゆる人を体形や見た目ではなく、個々の人として見ていくこと。だから、あらゆる人にまずは自分がやりたいこと、挑戦したいことをやってみてほしいし、私はそれをやらなきゃいけないと思っています。
ボディーポジティブという言葉が広がったことで、逆にそこに固定観念も生まれて、苦しんでいる人もたくさんいると思う。ボディーポジティブの考え方は、一律に「太っている人ももっと肌を出していいんだよ、出しちゃいなよ!」っていうこととは本来違うんですよね。例えそこに何かコンプレックスがあるとしても、それを乗り越えられる人、乗り越えられない人、乗り越えたくない人がいる。人それぞれで違うから難しいけど、それをお互いが認め合えるようになっていったらいいなって思いますね。
一律な価値観にハメ込むのではなく、様々な価値観を認め合う。
プラスサイズモデルの登場と活躍がポジティブの押し売りになりかけている空気を渡辺直美氏は感じ取っているからこその発信ではないだろうか。
一見すると奇抜なファッションに込められたリック・オウエンス氏の意図、新たな選択肢の提示。
両氏の表現活動に共通するもの、それは愛とパンクだ。
女性のパンク クリエイター
イギリスパンクムーヴメントの火付け役として名前が挙がる女性デザイナーといえばヴィヴィアン・ウエストウッド氏だ。
彼女のもたらした影響はパンクという言葉が使われ続ける限りきっと死後も拡大していくだろう。
フランス、今もファッションの中心地の地位を守ろうとしているパリで黒という強い色で強い服を披露しモードの世界でオールドノーマルに反発の狼煙をあげた川久保玲氏もヴィヴィアン・ウエストウッド氏と同じか、それ以上にファッションの世界へ影響を及ぼし続けるに違いない。
1969年の立ち上げからパンクの精神を持ち続け、いつの時代も世界に疑問符を投げかけている。
「コム デ ギャルソン オム プリュス(COMME des GARÇONS HOMME PLUS)」2021-22年秋冬コレクションの記事を読んで、僕はようやく強さの大切さに気がつくことができた。
オールドノーマルに「?」を突きつけ、これまでアウトローとされてきた非常識を実践し、ニューノーマルへの一歩を踏み出すには強さが必要だと。
次はそのことについて書こうと思う。