潜在意識に溜まっていく“思考”とは?
「潜在意識はどこにある?」の記事において、
大石洋子さんの説明とジョー博士の説明を符合させると、
潜在意識は“体”
と言えるのではないか、と私は考えていると説明しました。
この“体=潜在意識”に溜まっていく思考はというと、
ジョー博士は「自分というクセをやめる」という講演の中で、次のように説明されています。
個性は、あなたが考える方法、行動する方法、感じる方法から構成されています。
だから、今ここの座っている現在のあなたは、あなた自身が人生と呼ぶ現実を創り出しました。
あなたの脳と体が常に連携しているので、あなたは自分が感じるように考え始め、自分が考えるように感じ始めるでしょう。
このプロセスを20年 30年 40年も続ける人もいます。
そして、この反復の過剰な状態が、私が「存在の状態」と呼ぶものを生み出します。
この「存在の状態」はあなたの思考と体が協力している状態。
または、あなたの思考と感情が特定のアイデアに一直線になっている状態です。
「思考は脳の言語」で「感情は体の言語」です。
人々がこの「思考と感情」「感情と思考」のサイクルにとらわれると、時間の経過とともに、体はその感情を意識的な思考と同じように記憶し、それが習慣になります。習慣とは、体が思考である状態のことです。
35歳になるころには、あなたの95%はコンピューターのプログラムのように記憶された行動パターンになります。
と説明されています。
そして、加藤シャンティ徳子さん著の「現実は脳ではなくてハートでつくる」では、
私たちは「存在の本質・魂」+「ハート」+「感情」+「マインド(思考)」+「身体」の5つの要素でできている
と定義し、5つの要素の論理モデルを用いて、説明されています。
詳細な説明は、「現実は脳ではなくてハートがつくる」のp091からなされていますので、そちらを参照ください。
その中で、加藤シャンティ徳子さんは、
「感情」と「マインド」について、触れています。
抜粋しますと
マインドには、「ハートとつながってハートと調和している状態にあるマインド」と「ハートとのつながりを失って単独で働いている状態にあるマインド」の2つの種類があり、感情には「ハートから生まれるもの」と「マインドが生み出すもの」の2つの種類がある、と説明されています。
つまり、「エゴ」とは「エゴの感情」+「エゴのマインド」。
ハートとのつながりを失ったマインドと、そのマインドが生み出した感情。
つまり、自分自身の中の、「ハートとのつながりを失って分離してしまった部分」=「分離した自分」のこと、と説明されています。
(「現実は脳ではなくハートでつくる」p104に記載されています。)
また「感情」と「マインド」を合わせたものを「心」と表現する、と加藤シャンティ徳子さんは説明されていて、「ハート」と「心(ココロ)」を明確に分けています。
加藤シャンティ徳子さんの「ハートの論理モデル」とジョー・ディスペンザ博士の説明から、脳の中での思考=マインドと感情が合わさったものが“潜在意識に蓄積される思考”となる、というように理解できるのでは?と私は考えます。
ですので、ジョーディスペンザ博士の説明に沿えば、
5%の顕在意識で思考したことを、95%の潜在意識に“思考”として伝達するためには“どう感じるか=感情”がとても重要だ、ということになります。