僕がスキージャンプで目指す未来 ~オンラインコミュニティ FLYING LABORATORY~
【スキージャンプとデザインから学んだこと】
僕は、23歳(2020年9月1日時点)のスキージャンプ選手です。
実業団チームに入らず、一人で活動しています。一般的には、葛西選手が土屋ホームに所属されていたり、原田さんが監督を務める雪印メグミルクには多くの選手が所属されているなど、多くの選手は実業団チームに所属しています。ただし、実業団チームには入っていませんが、コーチやトレーナーなどサポートしていただいている方はいます。
そんな僕は、2019年に東海大学デザイン文化学科を卒業し、半年後に会社を起こしました。
強豪の実業団チームからお声がけいただいていたにもかかわらず、なぜ、一人で世界を目指すことにしたのか?
まずは、僕のことを知っていただいてから、お話しした方が良いと思います。
・スキージャンプとの出会い
1996年9月19日、僕は札幌で生まれました。
小学校の頃は野球に明け暮れていて、スキージャンプを始めたのは5年生の夏。スキージャンプを始める年齢としては、とても遅い方でした。しかも熱中していた野球に比べると、スキージャンプはおまけみたいな感じでした。
ところが、小学校6年生の夏に肘を壊してしまい、野球ができない日々を過ごすことに。
この機を境に、スキージャンプに熱中し始め、飛ぶ感覚やできなかったことができていくことに喜びを感じていました。
そして中学校に入り、野球かスキージャンプかの二択を迫られたとき、熱中していたスキージャンプを選びました。 もし、あのとき肘を壊していなかったら、スキージャンプをちゃんと続けていなかったかもしれません。
中学校では小学校以上に熱中するようになり、面白がってジャンプを何度も何度もやっていくうちに、どんどん上達していきました。
・スキージャンプとデザインからの学び
大学を志望するとき、大学の四年間を無駄にしたくない思いから、一番興味がある分野の学科を選択しました。それがデザイン文化学科。
デザインや物事の考えかた、美術の歴史、インテリア建築など、様々な分野を勉強して、好きな分野を研究していくことにしました。
大学に入ると、デザインとスキージャンプの両立生活が始まりました。
お昼にデザインの勉強をして、夕方からジャンプの練習をするという毎日。
体のレベルとスキージャンプの技術は着々と上がっていき、社会人と競う大会でも上位に食い込むようになっていきました。
大学2年生のとき、大学生の世界一を決めるユニバーシアードという大会で、優勝することができました。同年の札幌で行われたアジア大会という試合でも、金メダルを取ることができました。
ここが最初のターニングポイント。
カザフスタンという異国の地で表彰台の一番上に立ち、そこから空に上がっていく日の丸の旗を見たとき、最高に感動しました。
日本を代表してこの地にやって来て、金メダルをもらったことには感動しました。しかしそれ以上に、これまで一緒にやってきた仲間や家族がとても喜んでくれたこと、誇らしく思ってくれたことが、とても嬉しかったのです。
こうして順調に力をつけてきたスキージャンプの一方、大学でデザインを学ぶことも楽しんでいました。大好きなスキージャンプにデザインの考え方や技術を落とし込み、試行錯誤することにドハマリしていたのです。
デザインするモノや形、音、色、言葉には、すべてに何らかの意味があります。
デザインする過程では、何度も試して振り返り、また試して振り返ることを重ねていきます。そして試行錯誤した結果が、1つのデザインになります。
これが僕のスキージャンプにとてもよく似ていて、繰り返す練習に繋がりました。
デザインを学ぶということは、今の考え方や今の生き方に、とても繋がっていると感じます。
【スキージャンプを通じて出会ったSDGs】
僕の夢は、世界中のみんなが幸せになることです。
いきなり幸せにしたいと言われても、はぁ?ってなると思うんですけど、2つの体験をきっかけに、今までテレビの中のことと思っていたことが、自分の身の回りのこととして感じ始めました。
それはスキージャンプでヨーロッパの試合に行けるようになってからのことです。
・海外遠征での2つの体験
僕が初めて行ったヨーロッパの国は、東ヨーロッパのルーマニアです。
空港から降りて感じたのは、独特なニオイと平らではない道。大きな道なのに凸凹で寝れなかったのを覚えています。
街では、スーパーの前で物乞いする子供がいたり、民家が頑丈な塀で覆われ室内を覗けないようになっていたり、ホテルの周りを走っていると野犬に襲われたりして、日本の生活では絶対に味わえない体験をしました。
もう一つの体験は、高校3年生のときにトルコのイスタンブール空港を経由したときのことです。
当時、トルコの隣国であるシリアでは、内戦が激化していました。
イスタンブール空港内のテレビで、トルコとシリアの国境付近で起こった戦闘の映像を見て、衝撃を受けました。その場にいた人の中には、何とも言い表せない表情をしている人や、ぐったりしている人がいました。
これらの出来事を目の当たりにしてしまうと、もはや他人ごとに思えませんでした。周りの人たちがこんな体験をしている中、選手団として動いていた僕は、話す時に笑顔を絶やさないようにしていて、 そんな自分のことを気持ち悪く感じていました。
・1人でやる決意とSDGs※との出会い
※「SDGs(エスディージーズ)」とは、「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称であり、2015年9月に国連で開かれたサミットの中で世界のリーダーによって決められた、国際社会共通の目標です.
誰ひとり取り残さないことを目指し、先進国と途上国が一丸となって達成すべきゴールで「17の目標」と「169のターゲット(具体目標)」で構成されています。
大学4年生の冬、ワールドカップツアーに参戦できるようになりました。順調にレベルアップしてるようにみえますが、たくさんの悔しい思いをしました。ピョンチャンオリンピックの代表選考で落ちたり、世界選手権の代表に選ばれながら試合メンバーに選出されなかったり。ワールドカップ出場メンバーの中で僕だけが予選落ちしたりと、悔しい思いを何度も何度もしてきました。
そんなときに日本の実業団からオファーをいただきました。 経済面や練習環境、セカンドキャリアなど、これ以上ないぐらいの良い条件でした。
かなり悩みましたが、僕は一人でやっていく道を選びました。
世の中がどんどん変化しているのに、スポーツ選手だけは変わらないままでいいのか?
僕は何のためにスキージャンプをしているのか?
大好きなスキージャンプで、何かのために、誰かのために役に立つことはできないのか?
スキージャンプでより遠くへ飛ぶことが、誰かの幸せや誰かの生活のためにならないのか?
日々、こんなことを考えていました。
大学を卒業し、一人でやっていくことにした僕は、まずスポンサー探しを始めました。
その活動の中、JA川西の有塚さんという方と出会いました。有塚さんは、戦争体験を乗り越え北海道十勝農業の発展を引っ張ってきた方です。有塚さんからは「ゴミが出るのは当たり前の事業だけど、捨てるのはもったいなかったから、捨てるものも全部使えるようにして、ゴミをほとんど出さないようにした」ということを伺い、フードロスの考え方やゴミも資源になるということを学びました。
photo@abemikio
また、NOMAPSという札幌のイベントでも、たくさんの方々から学びました。
エネルギーの効率化や生産と消費を効率化(無駄をなくす)に取り組む坪井大輔さん、戸籍を持たない人にもデジタルのアイデンティティを持たせてあげようと取り組む安田クリスチーナさん、人類の宇宙への可能性を民間の力で取り組む堀江貴文さん、0と1のデジタルの世界をもっと直感的、感覚的に実態を与えようとイノベーションを起こすMITの石井裕さんなど。
この経験から、自分はどこに向かいたいのか?、何がしたいのか?、どんな未来を描きたいのか?、ということが少しずつ明確になっていきました。
そんなときに知人が、「スポーツ選手もSDGsに取り組んだ方がいい」と教えてくれました。
SDGs?
SDGsのことを調べれば調べるほど、僕が向かいたいことと重なってきました。そして、資源を100%地上でまかなえるようにして、世界から戦争をなくそうとしている、日本環境設計の岩元さんにお会いする機会を得てSDGsについてお話しました。明るい未来を想像させるワクワクするような体験でした。
世界中のみんなをハッピーにすること、スキージャンプを続けていくこと、この夢と目標をつないで両立できることこそ、SDGsだと気づきました。
SDGsを達成できたら、世界中の人たちを幸せにしたいという夢に近づけることができます。
経済格差が少なくなれば、貧困で苦しむ人が少なくなります。
健康でいられる人が増えれば、病気で苦しむ人が少なくなります。
手元にある資源で新しいものが作ることができれば、資源の奪い合いがなくなります。
みんなが幸せに暮らす世界を目指すのに大切で、持続可能な開発目標こそが、SDGsなのです。
【1人のチカラの限界とオンラインサロン】
SDGsへの取り組みを始めてから初めての冬。
ワールドカップで1m飛ぶごとに10円寄付をするナオメーターを始めてみたり、新しく揃えるトレーニングウェアにサスティナブルなものを選んだり、今の自分ができることから始めました。
これらの活動に取り組みながら、1人のスキージャンプ選手として、もっと飛びたい、優勝したい、高みを目指したい。
この思いでワールドカップツアーに挑みましたが、初戦に自己最高となる13位に入った以降は、満足のいく結果にはなりませんでした。
そんな渦中、AFTERSCHOOLと前田デザイン室 という2つのオンラインサロンで、スキージャンプの話をしたり、デザイナーの人たちにヨーロッパデザインの写真を送ったり交流していると、一つの気づきがありました。
サロンの仲間は、自分がどんなジャンプを飛ぼうが、応援してくれました。
辛い時に声をかけてくれたり、嬉しい時に一緒に喜んでくれる仲間が、こんなにも精神的な支えになるものなのか?
世界で戦っていくうえで、信頼できるチームメイトは絶対に必要!、と確信しました。
もし、僕が成し遂げたいことと同じ志をもった人たちが集まってくれたならば、世界中の人たちを幸せにするという夢も、世界一という目標を達成することも、無理なことじゃない。
この思いから、このFLYINGLABORATORYを立ち上げました。
【FLYING LABORATORYにかける思い】
FLYING LABORATORY「飛行研究所」。
この名前は、毎日、僕がスキージャンプで遠くに飛ぶことばかり考え、映像をみて分析し、ジャンプ台でテストして、感覚とデータから分析することが研究っぽいなと思い、命名しました。
FLYING LABORATORYという言葉には「飛行研究所」とは別に、「空飛ぶ実験室」という意味もあります。
「空飛ぶ」とは、実際に僕、中村直幹がスキージャンプ選手として空を飛ぶことを生業としていること、日本代表としてヨーロッパとアジアを中心に飛び廻っているこということ。
そして、誰よりも遠くへ飛び金メダルを目指すということ、という意味があります。
「実験室」は、実業団チームではなく、オンラインサロンという前例のないチームで世界一を目指せるのか?という選手人生をかけた壮大な実験と、スポーツ選手によるSDGsへの貢献はできるのか?という実験と検証をする場所、という意味です。
この壮大な実験のために、「空飛ぶ実験室」のために必要なのは、金メダルを目指して一緒に飛ぶFellow(仲間・同胞・研究員)です。
僕からFellowの皆さんに提供できることは、アスリートである僕にとっての日常(Fellowの非日常)、ヨーロッパでの体験やスキージャンプ選手としての経験を擬似体験してもらうこと、一緒に金メダルを目指すという経験と、そこに携わったという実績です。
僕がFellowの皆さんから提供して欲しいことは、僕が実現したいことをサポートして欲しいということです。僕が持たない知識と技能を貸して欲しいです。
応援してくれる人が濃いほど、多いほど、僕自身の強さになります。
空飛ぶ実験室では、様々な化学反応がおきます。それは物質同士の化学反応でなく、人間同士の化学反応。
様々な得意やスキが集まることで、中村直幹と化学反応が起きるだけでなく、Fellowどうしで化学反応がおきるはずです。
Fellowは仲間であり、同志であり、そして、1人の化学反応の源(みなもと)なのです。
【FLYING LABORATORY で実現したいこと】
・FLYING LABORATORYを設立した思い
僕ひとりの力はとても小さく、貧弱です。僕の得意な”飛ぶ”こと以外は、あまり得意ではありません。
しかし、”飛ぶ”ことだけは誰にも負けたくないし、誰よりも楽しんでいると思います。
皆さんにも、得意なこと、好きなこと、あると思います。
その好き、ワクワクというものは、その人にしかない魅力です。
その魅力が、誰にどんな影響を与えることができるのか?、どんな未来を描くことができるのか?、僕はとても気になります。
僕には世界一になるという目標があります。
この目標の先には、世界中の人たちを幸せにするという夢があります。
この夢に向かうには、みんなのチカラが必要です。
チカラとは得意なこと、好きなことです。
1人1人がやってきたことをみんなでシェアしたり、一緒に体験することで共感したりすることで、自分の世界に新しい発見があると思います。
その一例が、僕という個人がやっているスキージャンプを通して、世界中の文化やスポーツへの挑戦、体験を知ってもらい、そこからみんなの生活が豊かになったり、楽しくなったりすることです。
オンラインサロン内の自分たちでやっていく小さな持続可能な未来への挑戦を、僕が世界一になることで、世界中のみんなに発信していきたいです。
・FLYING LABORATORYで実現したいこと
僕たちは、自分が得意なこと、好きなことで未来を創っていかねばなりません。
同じ挑戦や、同じ行動をするにも、誰のためにやっているのか?、これをすると世界はどうなるのか?ということを探究していきます。
チームメンバー1人1人がSDGsの理解を深め、アイデアを出し、実践して、1人じゃできないことを、みんなで力を合わせながら、「どんな未来を目指したいのか?」を実現させていきたいです。
みんなでやってきたことや個々で実践してきたことを、僕、中村直幹は 大好きなスキージャンプで世界一を目指し、目指すことによって発信し、世界が未来へ持続可能な社会へと変化していき、その結果、世界中の人々や生物、地球が幸せになる未来を目指します。
金メダルを目指すのはゴールであり、みんなで世界一になりSDGsを推進することこそが最終到達地点です。
これを目指していくためにみんなで積み重ねていく過程(プロセス)は、アプローチであり、より良い世界に向けてテイクオフしていくための助走になります。
Laboratory=実験室で実験を楽しみましょう。
みんなでやっていくSDGsを知ってもらい、世界中の人に実践してもらうには、自分なりの金メダルという目標があると夢に近づくと思います。
僕は飛ぶこと以外、うまくできないことばかりです。
僕一人の力では絶対に達成できません。
一緒に世界一を目指し、一緒にSDGsを目指し、
一緒に未来を創る仲間がいると、とても心強いです!
みんなで一緒に世界一、目指そう!
【オンラインコミュニティ FLYING LABORATORY】
スキージャンプ選手の中村直幹と、Fellow(仲間・同胞・研究員)との交流で集まる個々の得意やスキから、化学反応を起こすLABORATORY(研究所・実験室)です。
この化学反応があれば、一人の力ではどうにもならなかったことが、できるようになるかもしれません。
自分にとっての金メダルとSDGsの達成を目指して、ともにアプローチを楽しみながら、より良い世界へテイクオフしませんか!
9月1日よりスタート
https://community.camp-fire.jp/projects/view/309980
【中村直幹プロフィール】
スキージャンプ選手
合同会社FLYINGLABORATORY代表
1996/9/19 札幌に生まれました。
2008 スキージャンプを始めました
2017 ユニバーシアード(大学生)で世界一になりました
2017 アジア大会で優勝しました
2019 世界選手権の日本代表に大学生で選ばれました
2019/11/7 合同会社FLYINGLABORATORYを立ち上げました。
Website https://www.flyinglaboratory.com/
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