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無条件にゆるされている空間。

今朝、読者の方から「対話会(サットサン)」は今度いつ開かれますか?」といメールが来ました。

今週は12日(土)の13時から開催する予定です。

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先週、開催したzoomでの対話(瞑想)会の「サットサン」に参加された男性のM様からメールを頂きました。

Naokiさまに初めてお会いした時に体験した、意識が広がる感覚は日常度々起こります。
昨日も起こりました。
まさに、これがサットサンだと、勝手に思っています。
…………答えの欲しかったモノが
ある意味どうでも良くなったりします。
Naokiさまの沈黙=私の沈黙がとても心地よいです。

M様と初めて対話し、瞑想した時、M様は気づいている意識が周りの空間にひろがるのを体験されました。

意識が空間に広がることは「ワンネス」とか「ホールネス」と呼ばれています。

瞑想会などをひらいて静かにしている時、参加者の方々から「みんなとつながっている感覚がある」と言われるのですが、

これは自分の意志で起こすわけではありません。

それが起こることをゆるすように、全てを手放して静かにしていることです。

全てを手放す、ということは期待を手放す、ということ。

おそらく、個人セッションや瞑想会に参加される方々は何かの問題や質問を抱えていて、その答えがほしい、と思って参加されるのだと思います。

それは当たり前のことです。

もちろん、質問されたらできる限り答えようとします。

でも、どうしても言葉にならない時があるのです。

何かの力が働いて、口を閉ざさざるをえないように、沈黙に支配されることがあります。

そういう時、私は無理に答えようとしてはいけないのだ、と最近知りました。

あえて、何も話さないということ。

そして沈黙に任せること。すると、その沈黙が相手にも伝わります。

その時、恩寵が相手に降りそそぐのです。

そして、その恩寵の力がそのひとの悩みや質問を取り去ってしまうのです。

質問を取り去る

というのは、頭であれこれ考えている心=自我が沈黙に抱きしめられるように、ハート(源泉)に沈みこんでしまうこと。

そして、気づいた時には「あれ、わたしはどうしてあんなに〇〇のことを気にかけていたんだろう?」と思うのです。

M様は実際、こう感じられました。

答えの欲しかったモノが
ある意味どうでも良くなったりします。

沈黙の恩寵は執着や心配事を洗い流すはたらきがあります。

恩寵とは問題が解決されることではなく、問題を感じている心が弱められること━━。

私はただ静かにしていることで、ハートがひらき、沈黙のスペースに入って来てもらう。そのスペースの中でみんなを抱擁しています。

女性のM様が僕が沈黙している様子を「ホールドする」という言葉で表現してくれました。

Naokiさんが大きくその場をホールドされていて、そこに安心していられている、それはとてもかけがえのない瞬間瞬間なのだということを深く実感しています。

ホールドする、というのは、保ち、支える、ということ。

ここに来れば大丈夫だ、と体感できる安全、平穏なスペースを維持し、支える。

そう言った役割を担うために私はただ存在してゆきたいのです。

そのスペースではすべてがゆるされています。

ゆるし、とは静寂のことです。

参加を希望される方はこちらまで↓

naokifloweroftheheart@gmail.com

12日(土)の13時より開始。無料。

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毎回、カメラとマイクをオフで参加できるようにしています。

ですが、もし、話したいことがあれば、勇気を出して話してくれれば、と思います。

その言葉はその場にいるひとたちと、のちに文章になって読むひとたちの支えになるはずです。

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