円形脱毛になった話
2021-03-07 (sun)
アルバイトを終え、
いつものようにスポンサーのスーパーに向かう。
入り口を入ってすぐ左に曲がり
野菜コーナーを通過してお魚コーナーを目指す。
片手に、大きなクーラーボックスを待って。
お魚コーナーの角にある従業員専用の扉を押して店の奥へと進み
クーラーボックスにアイシング用の氷を詰め込む。
「どうせほとんど使わないで結局捨てるのにな」
そんなことを思いながら
たっぷりの氷を詰め終わり
店内に戻る。
今日はついでにお気に入りのパンをひとつ買おう。
ついでのついでに、コーヒーも。
パンとコーヒーの入った袋を揺らしながら
ガラガラとクーラーボックスを引き、
店を出て車に戻る。
なんてことない。
いつものことだ。
今日は外国籍選手のピックをしなくていい分、いつもより楽だ。
なんてことない、大丈夫。
パンにかぶりつきながら車を走らせ
練習会場に向かう。
気付けば鹿児島での練習生としての生活が始まって2ヶ月ほど時が経っていた。
*
自分で不動産を訪ねて家を探し、契約をするのは初めての事でした。
どうやら契約したその日からすぐに住めるわけではないらしい。
仕方なく、2日ほどネットカフェのお世話になりました。
家に住めるようになった頃から、本格的にチームの練習にも参加をしました。
初めての環境に初めての土地。
分からない事だらけ。
唯一の救いは同期が何人かいたことでした。
毎日の練習ではとにかく周りに気を遣い、
バスケ以外での雑務も進んで行いました。
僕がチームに加入した時には
シーズン開幕を約1ヶ月後に控えていて
練習は常に緊張感のあるものでした。
開幕直前ということもあり、
練習生だった僕はたまに交代させてもらう程度で
練習量は圧倒的に足りていませんでした。
それを少しでも補うために、
夜遅くに近くの公園に行ってボールをついていました。
そして翌朝になるとバイトに行く。
ウエイトトレーニングをする時間も無く、
一気に体重が減ったのを覚えています。
分かってはいたことだけれど、
精神的にかなりしんどい毎日でした。
自分が感じていた以上に、キツかったのかもしれません。
それでもただ、前だけ向いて自分にやれる事をやり続けました。
そして冒頭のなんてことない、いつも通りのある日。
早めに練習会場に着いた僕は
車の中で待機していました。
座席を軽くリクライニングさせて、
SNSを見てると少し眠たくなってきたけど、
もうすぐ練習だし起きておこう。
スーパーに行く前に家に戻って少しだけでも仮眠を取ればよかった。
そんなことを思いながら数十分が経ちました。
ふぁ〜っと欠伸をしながら頭をぽりぽりと掻いて
その手を携帯に戻すと、
数本の髪の毛が画面にくっつきました。
ふっと息を吹きかけ、髪の毛を飛ばす。
それから少し間を置いて、
ふとなんだか嫌な予感が。
さっき掻いたところをもう一度触って
軽く、本当に軽く、髪の毛を掴んで引っ張ってみました。
そして恐る恐るその手を見た瞬間、
「ドクンッ」と心臓の音が鳴りました。
僕の指は大量の髪の毛を掴んでいたのです。
髪が…抜けてる…?
状況が理解できず、
いや、目の前で起きていることを受け入れることができず、
呆然としていました。
何度確認をしてもやっぱり髪の毛が抜ける。
そしてついに抜ける髪の毛が無くなり、
触ると10円ほどの大きさのハゲができていました。
「…これって、円形脱毛ってやつ…?」
1人の車内で思わず口にしました。
とてもこれから練習ができる精神状態ではありませんでした。
結局その日の練習はミスを連発して雰囲気を悪くしてしまった記憶があります。
誰かに相談すればよかったのだろうけど、誰にも言えないもんですね。
翌日、バイトを休んで病院に行きました。
しばらく順番待ちをして
「石川さ〜ん、石川尚樹さ〜ん」
名前を呼ばれ、診断室に入っていきました。
少し小柄な男性の先生でした。
昨日の出来事を話した後、
先生が僕の頭を、右側部の10円ハゲを診てくれました。
ドッドッドドッドッドッ
僕の心臓はどんどん鼓動を上げていきます。
「…石川さん」
先生の雰囲気が先ほどよりも重たい。
「…はい」
僕が小さな声で答えます。
あぁ絶対にストレスだ。
ストレス性のなんとかって言われるんだ。
そう肩を落としている僕に、先生が言いました。
「石川さん、最近強く頭をぶつけたりしませんでしたか?」
…え?
いや、この時の「…え?」は限りなく「…へ?」に近いものでした。
…へ?
「少しコブができてるし、診る限りおそらくぶつけたんじゃないかなって」
そう先生に言われ、
改めて10円ハゲを触ってみると
確かに少し膨れて、コブができてるなと思いました。
そして5秒間くらいの沈黙の後、
僕は思い出しました。
2ヶ月前、2日間のネカフェ生活を終え
契約した自分のアパートで
車に詰めている荷物を部屋に運んでいました。
トランクを開けて衣装ケースを取り出そうとした時、
僕は、思い切り頭をぶつけました。
もうそれはそれは思い切り。
バットで頭を殴られたかのように。(殴られたことはない)
絶対血出た!絶対血出た!!
そう思って患部を触ると、
実際、血は出ていませんでしたが、
過去最高のたんこぶが出来上がっていました。
人間の脳みそはすごいものです。
完全に忘れていたことを
先生の一言で思い出すのですから。
「あ。先生、僕、頭ぶつけました。」
それを聞いた
やっぱりねと言わんばかりの先生のドヤ顔、忘れません。
そうして塗り薬を処方してもらい、
1ヶ月ほどで元通り髪の毛は生えてくれました。
それ以来、頭をぶつける度に僕はあの恐怖に襲われます。
あれほどのゾッとする体験はそうないですね。
そして
毛が抜けたことがストレスが原因じゃないと分かった僕は
意外と自分は強い人間なんだと思いました。
その数ヶ月後、
ストレスが原因で治ってたアレルギーが一時的に再発したけどね!!
その時期のことも詳しく書いてますので是非。
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