隕石が落ちる夜に
その日の帰り道。
満月が高く昇り、夜空を照らしていた。
「じゃあさ、最後の晩餐には何が食べたい?」
歩きながら僕はそう聞いた。なんとなく月並みな質問だとは思ったけれど、彼がどう答えるかは少し気になっていた。
「真面目に答えていい?」
「真面目に聞いてるよ、別にふざけた答えなんか期待してないさ。」
「そっか。」
答えの前に一呼吸置くのも、いつもの儀式のようなものだと僕は思った。
「じゃあ答えるけど、何も食べないと思う。」
僕は思わず口元を緩めた。彼はいつだってこうだ。ストレートな答えを期待するのは無駄だということはわかっている。それでも面白いから、つい同じような質問を繰り返してしまう。
「だってさ、最後の晩餐ってことは、自分が明日死ぬってことだろ?明日死ぬってわかってるなら、ウナギでも何でも、周りの人に食べてもらいたいんだよ。僕には、もう美味しいものなんて必要ない。敢えて言うなら水で十分だ。」
このまま会話が終わるのもつまらない。僕は言い方を変えることにした。
「じゃあさ、質問を変えよう。明日、隕石が地球に降ってきて、みんな死ぬ。俺も、お前も。周りの人も全員な。でも、食料は今ならなんでも揃ってる。その状況で、何を食べたい?」
彼は少し間を置いた。
たぶん、いつもより考えている。
「それでも、何も食べないと思う。」
「なんでだよ?周りの人もみんな死ぬんだぜ。分け与える意味なんてない。」
「そうだな。でも、明日みんな死ぬんだろ。だったら、食事をしている時間がもったいないんだよ。僕は、その時間を家族や大切な人と話す時間に使いたい。食べ物を口にしている間に、言いたいことを言えなくなってしまうかもしれない。それが一番もったいない。」
彼の言葉に、思わず笑みがこぼれた。
僕は生暖かい夏の夜の空気を深く吸い込んだ。
彼の答えはいつもそうだ。予測できない。
そして、心地良い。
静かな光に包まれながら、言葉の一つ一つが夜に溶け込んでいくのを感じていた。