「聞々ハヤえもん」による効率的耳コピー環境の構築

ジャズ・ベーシストの吉岡直樹と申します。

私は、ジャズ・セオリーのグループ・レッスンのとき、人前でいわゆる「耳コピ」をすることがあります。

そのときに、たいてい音源をPCのところで再生しながら、会場のピアノのところで行うのですが、たまに「(音源の)再生ソフトは何を使っているんですか?」と訊かれます。

そのときは、レッスンの最中なので、「聞々ハヤえもん」というソフト名をお伝えして、「へぇ、そうですか」で終わってしまうことが多いです。

しかし、先日PCがあまり得意でない方から、このソフトのダウンロードやインストールに自信がないから見てくれないかと言われたので、インストール後のショートカット・キーの設定をしていたところ、「『ハヤえもん』は使っているけれど、そんなことまでできたのか!」と居合わせた別の人に驚かれるということがありました。

その方はPC関係の仕事をしている方だったので、逆にこちらが驚くと同時に、確かに、このソフトの名前を挙げるだけで挙げておいて、説明が不十分だったなと反省したのでした。

前置きが長くなりましたが、「聞々ハヤえもん」は、いわゆる耳コピーの効率が可能な強力なツールです。山内良太さんという方が開発されているフリーソフトで、無料でダウンロードしてインストールすれば誰でも使うことができるのですが、このソフトの真価を発揮させるには、ショートカットキーをいかに設定してカスタマイズするかにかかっているのです。

本稿は、私のこれまでの説明不足の反省記も兼ねて、このソフトを使って私なりの効率的な耳コピー環境の構築方法について説明したいと思います。

耳コピーとは

いわゆる耳コピーとは、録音された音源を聴いて譜面に起こすことで、採譜またはトランスクリプションともいいます。

耳コピーの重要性

私の専門であるジャズを含め、ポピュラー音楽は、クラシックと違って楽譜がなかなか入手できません。したがって、もし演奏したい曲があったら、その音源から譜面に起こすという作業をします。

加えて、即興音楽であるジャズでは、ソロやコンピングの方法、アンサンブルの基本的なマナーやルール、コード進行やリズム、あるいはアレンジ(編曲)の手法など、演奏に必要であるさまざまな実践的な技術や知識を、実際の録音(レコード)を採譜して分析することで学ぶことが一般的です。

誰かが採譜した譜面が市販されていたり、あるいはインターネット上に公開されていたりするのですが、誤りも多いし、AIが正確な譜面に起こしてくれる時代になりつつあるとはいえ、自分の耳と時間を使って根気よく行うことでさまざまな知識が身につきます。

いくらよいサプリメントを飲んでも結局は地道なトレーニングや健康管理が必要であるように、優れた理解力と対応力のあるミュージシャンにとっての耳コピーとは、日頃の楽器練習と同様、たとえ時代が変わっても欠かすことのできないトレーニングであり続けるのではないかと考えます。

デジタル化による音楽環境の変化

音楽がデジタル化してMP3のような音源圧縮技術によってPC上で再生することが当たり前となるまで、耳コピーはレコードやCDからカセットテープにダビングして行うことが一般的でした。

なぜなら、耳コピーは、短期記憶の限界まで聴いて覚えたフレーズを一時停止をして譜面に書き留め、聞き取れなかったり途中で忘れたりしたら巻き戻すなど、一時停止、早送り、巻き戻しといった操作をこまめに何度も何度も行う必要があるのですが、レコードやCDと比べて、カセット・テープがもっともその操作をしやすかったからです。それでも、何曲も耳コピーを重ねるうちに一時停止や巻き戻しのボタンから壊れて定期的に買い直していた人も少なくありませんでした。

今日では、音源のほとんどはデジタル化され、音楽ファイルとして再生されることが大半になりました。今日では音楽の録音や再生に特化したデバイスではなく、スマートフォン、タブレット、PCなどのような汎用デバイスで音楽を再生し、鑑賞する機会がほとんどでしょう。

耳コピーも例外でなく、このような汎用的な機器で行うことになるのですが、そのときに問題になるのが、耳コピーで何百回、何千回と行う一時停止や巻き戻しの操作です。

従来は、右手に鉛筆を持ち、鍵盤や机の上の五線紙を注視したまま左手のスイッチで操作できたことが、スマホのようなタッチ操作にせよ、PCのマウスの操作にせよ、一時停止や巻き戻しの操作のたびに、視線を机の五線紙から画面に移動する必要がでてきたのです。

これを数秒ごとに行わなくてはならないのは、非常にストレスであるばかりか、時間と労力の無駄で、まったく効率的ではありません。

しかも、機器や再生ソフトによっては、巻き戻し操作が意図通りにいかず、再生箇所を聞き返したいところにピンポイントに移動させるのが極めて困難でフラストレーションがたまります。

耳コピーの作業環境の構築

このような操作上の非効率を一気に解消し、耳コピー中、音楽に集中することを可能にするのが、「聞々ハヤえもん」のショートカット・キーのカスタマイズです。

環境構築の方針

理想的な耳コピー環境とは、できるだけ音楽に集中できることです。

耳コピー中、何百回、何千回と繰り返される一時停止と巻き戻しの操作を、手元の五線紙から目を離すことなく期待通りに素早く行えることが最低条件です。

また、カセット・テープ時代にはない、デジタルならではの利点を取り入れることも効率化につながるでしょう。

例えば、速い曲や細かなパッセージを確認するためには、再生速度を遅くするとよいでしょう。また、確認作業の効率化のために、やや遅い曲の場合、やや早めに再生したいこともあるでしょう。このように、状況に応じて再生速度をこまめにコントロールできると便利です。

また、同じ音域の別の楽器の音が同時に発音されるせいで、ターゲットの音が聞き取れないときがあります。例えば、私はベーシストなのでベースをよく採譜するのですが、ドラマーが演奏するバス・ドラムやフロア・タムが同時に発音されるとベースの弾いている音がどの音か聞き取れません。ところが、オクターブ高い音で再生すると、ベースとドラムが分離して、ベースのピッチが明確になることが少なくありません。このように一時的にオクターブ高く再生するニーズにも対応したいところです。

練習環境の構築

「聞々ハヤえもん」は、耳コピーだけでなく、練習音源を再生するための機能もきちんと備えているので、音源とともにラップトップPCに入れておけば練習を強力にサポートしてくれます。

練習の際に音源を再生するときに便利なのは、テンポをきめ細かく変更する機能に加えて、区間リピート(ABリピート)でしょう。

結論:私のショートカットの設定

以上を踏まえて、ショートカットの設定をして、「聞々ハヤえもん」を、耳コピー用、そして練習用の音源再生ソフトとしてカスタマイズして作業を効率化していきましょう。

なお、ショートカットキーを設定するには、メニューより「システム」→「ショートカットキー設定」と進み、「追加」(または変更)を押して、登録したいショートカットキーをキーボードで入力してから機能を割り当てます。

一時停止・巻き戻し・早送りなど

耳コピーでもっとも使用するのは一時停止と巻き戻しです。また、とっさに再生を止めたいこともあるので、一時停止キーは多めに設定しています。

$$
\begin{array}{|l|l|}\hline
ショートカットキー&アクション\\\hline\hline
\mathrm{space}&再生/一時停止\\\hline
\mathrm{Up}(カーソル上)&再生/一時停止\\\hline
\mathrm{Down}(カーソル下)&再生/一時停止\\\hline
\mathrm{Left}(カーソル左)&3秒戻る\\\hline
\mathrm{Right}(カーソル右)&3秒進む\\\hline
\mathrm{Home}&頭出し\\\hline
\end{array}
$$

カーソルキーの左右を押したときに戻る/進む秒数は、私は3秒のものに設定していますが、ここはお好みで。

なお、「アクション」のリストにある「巻き戻し」「早送り」は期待とは異なる結果になります。興味のある方は一度お試しください。

再生速度

耳コピーのとき、再生速度を半分にすることが多く、また、練習のとき、再生速度を5%ずつあげていくので次の設定にしています。

$$
\begin{array}{|l|l|}\hline
ショートカットキー&アクション\\\hline\hline
\mathrm{Alt + Left}&再生速度を50%にする\\\hline
\mathrm{Alt + Right}&再生速度をデフォルトに戻す\\\hline
\mathrm{Ctrl + Left}&再生速度を5%下げる\\\hline
\mathrm{Ctrl + Right}&再生速度を5%上げる\\\hline\end{array}
$$

ピッチの変更

ターゲットの音を聞き取りやすくするために1オクターブあげるためには、再生周波数を200%にすることで実現します。ただ、これはバグなのか、再生速度も倍になってしまうことがあるので、再生速度を半分にする操作と同時に行いやすいように、Altキーの上下に割り当てています。

$$
\begin{array}{|l|l|}\hline
ショートカットキー&アクション\\\hline\hline
\mathrm{Alt + Up}&再生周波数を200%にする\\\hline
\mathrm{Alt + Down}&再生周波数をデフォルトに戻す\\\hline
\mathrm{Ctrl + Up}&音程を半音上げる\\\hline
\mathrm{Ctrl + Down}&音程を半音下げる\\\hline\end{array}
$$

なお、古い音源では、マスターテープの再生速度のせいなのか、微妙となる場合があります。これは、メインウィンドウの「音程」ではなく、「再生周波数」で調整するとよいと思います。このように、ピッチの変更が、2系統用意されている点も、このソフトがとても使いやすい理由です。

ABリピート

区間リピートは、次のように割り当てています。ただ、特にラップトップPCのような場合は、より押しやすいキーがあればお好みでそちらに変更してもよいでしょう。

$$
\begin{array}{|l|l|}\hline
ショートカットキー&アクション\\\hline\hline
\mathrm{Insert}&\text{ABループ(A)}\\\hline
\mathrm{Delete}&\text{ABループ(B)}\\\hline
\end{array}
$$

まとめ

いかがでしたでしょうか。

耳コピーが大切なことは分かっていても、苦手意識があり敬遠している方も少なくないはずです。まずは、作業環境をしっかり整えて少しずつトライされてはいかがでしょうか。

この記事が少しでも皆様のお役に立てれば嬉しく思います。


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