曲のコードを覚えられないときに見直すこと
こんにちは。名古屋でベースを弾いている吉岡直樹です。
ジャズの曲のコードがなかなか覚えられない、譜面なしで演奏できるようになりたいけれども全然できない、という相談を受けることがあります。
譜面を見る、悪くいえば、譜面にかじりついてしまうことで、ほかのメンバーの音のメッセージに気づかない、アンサンブルのなかで起きていることに気づかない、さらに、自分の音についても聞こえているようで聞こえていないのでピッチやリズムが改善しない、ということはよくあることです。
音楽は聴覚芸術ですから、確かに、視覚(譜面)に脳のリソースを取られて聴覚がおろそかになっているのであれば問題で、より聴覚にリソースを割くべく視覚から開放されるべきです。それでは譜面を覚えるということはどういうことなのでしょうか。その前にクリアすべきことはないのでしょうか。それが今回の主題です。
そもそもハーモニーの基礎が身についているか
「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。」で始まる『枕草子』を暗誦した方も多いと思いますが、これを外国人に暗誦させることを考えてみましょう。
大学で日本語や日本文学を専攻し、相当程度日本語のスキルのある外国人であれば暗誦することは可能かもしれません。しかし、日本語の初学者、まだ片言の日本語しか話せず、語彙に乏しい外国人であればどうでしょう。たとえ暗誦できたとしても、それは日本語理解力というよりは暗記力のたまものでしょう。また、もし日本語の実践的スキルを身につけるという目的があるのならば、枕草子よりも先に学ぶべきことはたくさんあるはずで、意欲をくじくことにもなりかねません。
ジャズ・スタンダードのコードを覚えることにも同じことがいえます。ジャズ・ハーモニー以前の、西洋音楽の基本的な部分の理解が不十分なまま、いくらコード進行を覚えようとしても、それはなかなか頭に入ってきませんし、好きな曲も嫌いになってしまいかねません。
西洋音楽のハーモニーの基礎
試しに、ピアノで「ぞうさん」や「チューリップ」のような短くてシンプルな童謡唱歌を1曲選んで、メロディを弾いてみましょう。どのキー(調)でも構いませんが、それが何のキーかはしっかり認識しましょう。
次に、右手でその曲でメロディを弾きながら、同時に左手で伴奏のコードをつけてみましょう。ピアノの演奏や練習が目的ではありませんから、コードの基本形(ルートを最低音とした串団子のような形)で構いません。また、インテンポで演奏できる必要もないでしょう。
「そんなのは簡単だ」という方もおられるでしょうが、「全く歯が立たない」という方もなかにはきっといらっしゃるでしょう。そのような方は、まず、童謡唱歌のような簡単な曲を題材に、トニック、サブドミナント、ドミナントの3つの基本的なコードを、「頭」だけでなく、「耳」で理解しましょう。そのとき、「耳」「目」「手」を使うこと、すなわち、ピアノで演奏するだけでなく、演奏した結果を耳で聴いて評価すること、五線紙にメロディとコード(コード記号でも音符であらわしてもどちらでも構いません)を自分の手で書くということから始めましょう。
答えは、1つとは限りませんが、ここでは凝る必要はまったくありません。できるだけ常識的なコードをつけるようにしましょう。
トニック、サブドミナント、ドミナントの次に覚えるコード
童謡唱歌のようなシンプルな曲のほとんどは、トニック、サブドミナント、ドミナントの3つのコードで演奏することができます。メジャー・キーだけでなく、マイナー・キーのシンプルな曲についても、メロディに対してこれら3つのコードをその場でつけるようになれば、頭、耳、目、身体でコードの基本をマスターしたと考えてよいでしょう。
これらの3つの基本的なコードが使えるようになったら、4つめ、5つめのコードを覚えましょう。
例えば、誕生日によく歌われる曲(Good Morning To All という曲の替え歌。Happy Birthday To Youとして知られているもの)は、トニック、サブドミナント、ドミナントの3つのコードだけで演奏することができます。しかし、5小節目をトニック・メジャー(Imaj7やI6)ではなく、I7で演奏すると、さらに、雰囲気が出ます。
ここで、「雰囲気が出る」と曖昧ないい方をしましたが、これは、「よりリッチなコードになる」とも、「よりスムーズなコード進行になった」とも、「より緊張感を高める(テンションを上げる)」とも表現することもできます。いずれにしても、お誕生日を祝う相手の名前が出る部分(6小節目)の直前ですから何らかの演出が必要なわけで、そのためには安定したトニックでも問題ありませんが、より不安定な響きを持つドミナント・セブンス・コードであるI7を使ったほうが「雰囲気が出る」わけです。このコードをジャズ・ハーモニーでは、サブドミナントIVmaj7へのセカンダリ・ドミナントと説明するわけですが。
あるいは、「大きな古時計」もシンプルに、トニック、サブドミナント、ドミナントの3つのコードだけで演奏することができます。しかし、この曲も、例えば、9小節目の後半をVIm7にして同時に次の小節目の前半をIIm7にかえたり、あるいは12小節目の前半をII7としたりと、3つの基本的なコードに加えていくつかのコードを使うことでより「雰囲気を出す」ことができます。
ジャズ・ハーモニーでは、VIm7やIIm7をダイアトニック・コードと説明しますし、II7はダブル・ドミナントと説明します。仮に言葉を知っていたとしても、実際にそれを「聴いてそれだと気づくこと、理解できること」、そして「実際に表現として使えること」がとても大切です。
「所詮、童謡唱歌ではないか、ジャズとは関係ない」と考えたとすれば、このせりふは、これらのコードを耳にしてきちんと指摘できるまで、そして、自分である程度自在に使えるようになるまではお預けです。
ジャズ・ハーモニーとは、知識ではなく技術
ジャズのコードは、トニック、サブドミナント、ドミナントといった、伝統的な西洋音楽のハーモニーを土台に発展させたものです。
さらに重要なこととして私が強調したいのは、ジャズのコードやハーモニーは知識ではなく技術(スキル)だということです。
確かに、ジャズのコードやハーモニーは、理論書を紐解いて頭で理解するものだと考えがちでしょう。もちろん、そのような側面があるのも事実です。しかし、ジャズに限らず、コードやハーモニーの知識は、ただ本の内容を読んで理解しただけでは使い物になりません。特にジャズでは、具体的にどのコードがどのように使われているか譜面を見ずにただ聴くだけで理解できること、そして、できれば自分でコードを使って表現できることができて、ようやくコードやハーモニーが理解できたといえるのです。
ジャズ・スタンダードのメロディにコードをつけみよう
童謡唱歌程度であればメロディに難なく適切なコードがつけられる人は、ジャズ・スタンダード・ナンバーで同じことをやってみましょう。
All Of MeでもJust Friendsでも枯葉でも構いません。まずは、譜面を見ずにメロディを弾いて見ましょう(弾けなければ覚えるか、メロディだけを五線紙に書き写しましょう)。そのメロディに対して、適切なコードを左手でつけて弾いてみましょう。
もし、ハードルが高すぎると感じたら、一度曲集を参照して、その曲で使われているすべてのコードを書き出してみましょう。そして、そのコードをシャッフルして別の紙に書き出しましょう。1曲に使われるコードは、数種類から多くても10数種類でしょうから、およそ10択のクイズを解くようなものです。最初はなかなか当たらないかもしれませんが、取り組むうちにメロディとコードの関係に気づいたり、コードの聞き所のようなもの(コツ)をつかんだりして、ハーモニー・センスが磨かれていくことでしょう。
コードのアナライズをしてみよう
知っている曲、あるいは取り組みたい(覚えたい)曲について、コードを分析してみましょう。
トニック、サブドミナント、ドミナントの基本的なコード、トゥ・ファイブ・ワン、その他、ダイアトニックやセカンダリ・ドミナントなどがどのように使われているか、解釈してみましょう。
未知の使われ方をされているコードに気づいたら、似たような使われ方がないか、曲集をよく見て、似たような使われ方について確認してみましょう。あるいは、転調に気づくことで理解できることもあるでしょう。
例えば、メジャー・キーであるのにサブドミナント・マイナー(IVm6・IVm7・IVmmaj7)が使われているのはなぜだと考えたら、サブドミナント・マイナーが使われている曲を探してみましょう。思いの外多く見つかるはずです。そして、前後のコードがどうなっているか調べてみましょう。おそらくサブドミナント・メジャー(IVmaj7やIV6)から進行して、トニック・メジャーかその代理コード(Imaj7やIIIm7)に抜けているはずです。ひょっとしたら、♭VII7に進行しているかもしれませんが、これはサブドミナント・マイナー代理です。
Stella By Starlightの冒頭、♯IVm7$${^{(♭5)}}$$-VII7 がなぜIIm7に進行しているのか疑問に思った方は、ほかの曲で似たような進行がないか探してみましょう。Alone Together の9小節目に同様の進行がみつかるはずです。そして、Alone Togetherの様々な録音を聴き比べてみると、この箇所は♯IVm7$${^{(♭5)}}$$- VII7ではなく♭IIIdim7(つまり広義のトニック・ディミニッシュ)で演奏されることが多いことに気づくはずです。つまり、Stella By Starlight 冒頭はトニック・ディミニッシュ代理と理解できることになります。
このようにして疑問があれば、理論書を紐解いてもよいのですが、そうではなく、曲集のほかの部分を参照したり、録音された音源を参考にしたりして、理解が深まり、スキルアップし、コードを自分の表現として使うことができるようになっていきます。そのような取り組みを地道に続けることで、おのずとコードは「覚えるもの」から「覚わるもの」に変化していることに気づくでしょう。これで「しょせん童謡唱歌なんて」というせりふを堂々と口にすることができます(たぶん)。
終わりに
このように、「なかなかコードが覚えられない」という理由は、人それぞれです。一概に記憶力が悪いから、練習不足だからと決めつけることがいかに不適切かということも理解できたことと思います。
ジャズのハーモニーやコードについての理論は、決して表現を縛るために存在するのではありません。むしろ、目、耳、手(自分の楽器での演奏)による総合的なスキルアップをすることで、表現の幅が広がると私は考えています。そして、スキルアップには、相応の手間と時間と根気が必要であるという事実から目を背けてもいけません。
童謡唱歌にコードをつけるところから始めるべきか、そうでないかは、人それぞれです。まずは、自分でどこまできちんと理解し使えているのか、そして、どのあたりから知識やスキルが怪しくなるのかをきちんと診断してから取り組みことが大切でしょう。
日本語初学者が枕草子を覚えられなくてもそれが当然であるように、ジャズの曲がまったく覚えられなくても悲観することはありません。これまでの取り組みを正しく評価した上で、それを土台に新たなスキルや表現の可能性を広げていけたら素晴らしいことです。
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