ひとりこっくりさん

 この文章には「性的な描写⚠」・「暴力的な描写⚠」・「グロテスクな描写」が含まれています。

 とくに、まだ15さいになっていないひとると、とてもこわいことになってしまうかもしれません。
 よくわからないひとは、るまえにしんじられる大人おとなの人にきいてみてください。


 この記事はフィクションとして公開されています。


ねぇ
  こっくりさん
 って
  知ってる?

 絶対に
一人で
 やってはいけない

少女はやった
 ひとりで

こっくりさん
 こっくりさん
きてください
 こっくりさん
  こっくりさん

こっくりさん


 1

 ねぇ。
 こっくりさんって、知ってる?
 最近流行ってる、おまじない、って言うのかな? ゲームみたいなものなんだけど……。
 やり方は簡単。まず、紙と鉛筆か何か、書くものを用意するの。それから十円玉。別に十円玉じゃなくても良いんじゃないかなって気はするんだけど、なんか十円玉って言われてるからみんなそうしてる……。
 それでね、紙の上。真ん中に鳥居のマークを書くの。地図記号の、神社だかお寺だかのやつみたいなのね。そしたら、その両脇にそれぞれ『はい』と『いいえ』を書いて、その下に〇から九までの数字と『あ』から『ん』までの五十音を書くの。
 これで紙は完成。他にも何か書いたりする場合もあったりするんだけどね、とりあえずこれがよく言われてるやり方。
 紙が準備出来たら、十円玉を鳥居の上に置いて、いよいよこっくりさんの始まり。みんなで人差し指を十円玉の上に乗せて――。
「こっくりさん、こっくりさん、来てください。もしいらっしゃったら『はい』にお進みください」
 そう言って、こっくりさんを呼びだすの。
 そうするとね、誰も動かしてないのに、十円玉が動きだして『はい』のところまで進むんだって。
 そうしたらこっくりさんがいらっしゃったってことだから、後はこっくりさんに何か質問をすれば答えてくれる、っていう占いみたいなもの。質問に答えて貰ったら、一回ごとに鳥居に戻って貰って、質問は毎回、鳥居から始めるっていうのもルール。
 それでね、止める時は――。
「こっくりさん、こっくりさん、お帰りください」
 って、こっくりさんにお願いするの。『はい』の上に十円玉が移動したら帰ってくれるってことだから、お礼を言って終わり。
 これだけ。簡単でしょ?
 でもね、いくつか気をつけなきゃいけないことがあるんだ。
 まずね、こっくりさんは絶対に一人でやっちゃいけないんだって。それとね、途中で十円玉から指を離したり、勝手に止めるのも絶対にダメ。後、たまに帰ってくれないこともあるんだけどね、そういう時も必ず『はい』って答えてくれるまで止めちゃいけないんだって。
 これを一つでも破るとね、大変なことになるって言われてるの。こっくりさんに憑りつかれるとか、呪い殺されるとか言われてる。
 そんなの嘘だって、誰かがイタズラで動かしてるだけだって、一人でやっちゃいけないっていうのがその証拠だっていう人もいるけど……。
 そんなことない。
 そんなことないよ。
 だって、私はやったから。
 だから知ってる。
 こっくりさんは、一人でやっちゃいけない。
 あんなことになるなんて思ってなかったの。
 それに、ああするほかなかったの。
 ねえ、だめだったの?
 じゃあ、教えて。
 どうすればよかったの?
 私はどうすればよかったの?

 ※ここまでの文章はとある少女の手記を加筆修正したものです。


 2

 放課後の教室にて。
「こっくりさん、こっくりさん。Y子の好きな人は誰ですか?」
 三人の女子生徒が机を囲んでいた。
「ちょっと、U美! なにきいてんの!」
 怒るY子たちの指が乗った十円玉が、ス……、ス……、ス……と紙の上を滑り、とある男子生徒の名前を示す。
「ほんと?!」
「まあ、どっちかって言ったらかっこいい方だしね。面白いけど優しいところもあるし。アリじゃない?」
 ニヤニヤする二人を見て、Y子は勢いよく否定する。
「ちょっと二人とも! 別に私はそーゆーんじゃないし!」
 そんなY子を見て、U美は一層意地悪な笑みを浮かべた。
「じゃあ、こっくりさんが嘘ついたって言うわけ?」
「そっ……、そういうわけじゃないけど……。別に私、好きな人とかいないし……。マシな人を答えたんじゃないの? わかんないけど……」
 そう弁明するY子をニヤニヤと見ながら、十円玉が鳥居に戻るのを待ってU美はさらに質問をする。
「こっくりさん、こっくりさん、Y子の言うことは本当ですか?」
「U美! ちょっと!」
 十円玉はゆっくりと『いいえ』を示し、二人の笑いとY子の不満が教室に反響した。
 その時、突然スピーカーから声が鳴り響いた。
「わっ!」
 U美は驚いて小さな悲鳴を上げ、危うく十円玉から手を離しそうになる。
「ちょっと、U美。驚き過ぎ。ただの放送じゃん」
「だってぇー、急に始まるんだもん。指離すところだった。危ない危ない」
 U美がそう言い終わった後、なぜというわけでもなく三人はしばし沈黙した。教室にはスピーカーから、速やかな下校を促す教師の声がこだまする。
「そろそろ帰ろっか」
「そうだね」
「うん」
 三人は互いの指に意識を向け、声を揃えて口を開いた。
「こっくりさん、こっくりさん、お帰りください」
 十円玉はゆっくりと、ス……、ス……、ス……と紙の上を滑る。そして、『いいえ』の上に移動した。
「えっ?」
「ちょっと、やだ……」
 今までも何度かこっくりさんをやったことのあるY子たちであったが、こんなことは初めてだった。いつもはすんなりと帰ってくれる。
「ねえ、もう一回やってみよう」
「うん」
「こっくりさん、こっくりさん、お帰りください」
 十円玉はゆっくりと、今までに見たことのないようなわけのわからない軌道を紙の上に描き出し、再び『いいえ』の上で止まった。
「嘘でしょ」
「まずいって……。Y子がこっくりさんの所為にするからじゃ」
「えっ! 私の所為……」
「ちょっとU美。そういうこと言わないの。マイナスな気持ちになっちゃ駄目って言われてるでしょ。落ち着いて、二人とも」
 彼女の言葉で二人はいくらか落ち着きを取り戻し、三人は三度目のお願いをする。
「こっくりさん、こっくりさん、お帰りください」
 夕暮れの教室に、三人の声がこだまする。
「こっくりさん、こっくりさん、お帰りください。」
「こっくりさん、こっくりさん、お帰りください。」
 こっくりさん、こっくりさん、お帰りください――。

 帰り道。
 一人になったY子は、薄暗い畦道を歩いて行く。
 結局あの後、何度かお願いを繰り返しやっと、こっくりさんは帰ってくれた。
 Y子たちはもう二度とこっくりさんをしないことを誓い、直後にやって来た先生に追い出されるようにして教室を後にした。
 Y子は帰り道を早足で歩いて行く。
 初夏とは言え、街灯もほとんどないこの辺りはあっという間に薄暗くなってしまう。
 あんなことがあった後だ。Y子は少し怖かったのだ。
「ひゃっ!」
 Y子は突然、後ろから聞こえた物音に驚き悲鳴を上げた。
「ごめんごめん。驚かせちゃった?」
 Y子が振り返ると、そこには見覚えのあるような男子生徒がいた。
「おい、L太。早くね?」
「まあ、いいよ。この辺でも」
 Y子の前に姿を現した三人の男子生徒は、いずれもY子と同じ高校に通う生徒であった。とは言え、Y子は彼らと話したこともなく名前すらも知らなかった。
「……何の、用ですか?」
 急によく知らない三人の男子生徒に囲まれ、先ほどまでとは違う恐怖を仄かに感じ始めながら、Y子は尋ねた。
「何の、用ですか? ――だってよ」
「結構、可愛いじゃん。当たりだ当たり」
 そんな二人の声を聞いた直後くらいに、急にY子の視界が急変した。
「っ?!」
 突然の事で何が何やらわからず、気づいた時には既にY子は土臭い草のベッドに倒れていた。
「あれ? 抵抗しないね。実はこういうの好き?」
 Y子の上に馬乗りになった男子生徒は、薄汚い笑みを浮かべてそう言った。
 ――やめてください!
 Y子はそう叫んだつもりだった。そう叫ぼうとした。しかし、何故だろうか。声は出ていなかった。
 Y子の胸元に、太い腕が伸びてくる。
「おい、L太。破いたりすんなよ。ばれっから。制服は綺麗に扱ってやれ」
「D輔さん、マジ紳士っす」
 男性生徒はそんなやり取りをする後ろの二人に返事をすると、Y子のスカーフを慣れない手つきでほどき脇に放った。
「……」
 Y子はもう、何が起こっているのかわからず、ひょっとするともうどうしようもないその状況を理解しないようにしていたのかもしれない。抵抗することもなく、地面に横たわっていた。
「全然、大人しいじゃん。ちょっとくらい抵抗してくれた方が興奮するんだけど」
「馬鹿、女ってのはこういう風にされるのが好きなのよ」
「D輔先輩、勉強になるっす」
 ごつごつとした感触が、Y子の胸の上を這いずりまわる。
「あー、もうよくわかんねーよ!」
 ビリッと音を立ててY子のセーラー服が破れるのと、男子生徒が叫んだのはほぼ同時だった。
 その瞬間、急に現実味や嫌悪感や恐怖感が溢れ出し、Y子は声を漏らした。
「……めて」
「ァ?」
「やめて……ください……」
 振り絞るような声でそう言ったY子の顔を覗き込んでいた男子生徒は、一瞬かたまったかと思うと、勢いよく笑い出した。
「やめてくださいだって。ハハハハハ」
 笑いながらY子から降りた男は、勢いよくY子のスカートをまくりあげた。
「やめるかよ」
 そう言ってヘラッと笑うと、男子生徒はベルトを緩め、ズボンを下ろした。
 今しかない。Y子はそう思い立ち上がると、力いっぱい走り出した。
「オイ、待てよ!」
 後ろからそう声がしてすぐ、Y子は力強く腕を握り引っ張られ、無理やり振り向かされ様に頬を力強く殴られた。
「あーあー、破いた上に殴っちゃって……」
 Y子の口の中に、鈍く不味い味が広がる。それが血の味だとわかるのに、そう時間はかからなかった。
「どうするんすか、先輩!」
「転んだって言わせるしかないでしょ、お!」
 男性生徒に蹴り飛ばされ、再び地面に倒れたY子は、間もなく腰の辺りに重量を感じる。
「抵抗されたらされたで腹立つな」
 再びスカートをまくりあげられたY子の目には、涙が滲んでいた。
 もう全てを諦めたY子の視界に、ふとカバンが映った。
 すっかり暗くなった畦道で、滲んだY子の視界に映ったカバンはその口が開いており、中からは教科書やプリント類が散らばっていた。
 ぼうっとそれを見ていたY子の目に、それは映った。
「あ?」
 Y子は無我夢中で手を伸ばし、掴んだ物を側の紙に叩きつけた。
 草の上に偶然であろう、綺麗に開かれた紙の上に叩きつけた十円玉に、Y子は指を乗せ声を振り絞った。
「こっくりさん、こっくりさん、きてください」
「はっ? こいつ、頭おかしいぞ。こっくりさんよんでやがる」
 男子生徒たちの笑い声の中、Y子は必至で繰り返す。
「こっくりさん、こっくりさん、きてください」
 ――こっくりさん、こっくりさん、きてください。
 Y子は身体中を襲う気持ちの悪い感覚の中、一心不乱にそれを唱えた。
「こっくりさん、こっくりさん、助けてください」
 ――こっくりさん、こっくりさん。
 ――こっくりさん、こっくりさん。
 ――こっくりさん、こっくりさん。
 突然だった。
 十円玉に触れるY子の指、そこから続く細い腕を抑えつけていた男子生徒の手が、動いた。Y子の腕が動くのに引きずられるようにして。
 ――『はい』――。
 Y子の指の下、十円玉はそれを示した。
 目にも止まらぬ速さで起き上がったY子に跳ね飛ばされて、男子生徒は地面の上に体を打ちつけた。
 その次の瞬間、Y子は男子生徒の頭を掴み引き抜くと、その生首を数十メートル先の田んぼに投げ飛ばした。
「……」
 Y子はスー、と、二人の男子生徒を振り向く。
「……まっ、まずいって」
 そうこぼし逃げ出す二人の背後にY子は一瞬で立つと男子生徒の腕を掴み、強く引き抜くと共にその勢いで振り返らせ頬を殴った。
 男性生徒の首が脇の草むらに突き刺さる。
 Y子はさらに首のない男子生徒の脇腹を蹴り飛ばし、その身体は首と一緒に草むらで眠りについた。
 前方を走る男子生徒に、Y子は目を移す。
 次の瞬間、Y子の白く細い美しい腕が、男子生徒の胸を貫いていた。
 肘の辺りに男子生徒の腕をはめたまま、Y子はぐぅぱぁとその手を動かし、そして引き抜いた。
 男子生徒はどさりと地面に崩れ、当たりは平穏を取り戻した。
「」
 真っ暗な畦道でY子は一人、人のものとは思えぬ発音で一鳴きすると、カバンを拾い去っていった。


 3

 一九七〇年代、昭和のありふれた田舎町で起きた不可解な男子高校生3人惨殺事件は、その異常さから一切報道されることもなく未解決のまま時効を迎えました。
 平成の今日、yahoo!やGoogleで検索をしてもこの事件に関連するページが出てくることはないでしょう。
 しかし、一つだけ、確かなことがあります。
 それは、『こっくりさん』。それがただの遊びではないということです。
 名前を変え、形をかえ、『こっくりさん』は今も細々と語り継がれ生き残っています。
 あれは単なる遊びではありません。絶対に、やらないでください。
 『こっくりさん』によって、一人でも多くの被害者が出てしまわないことを祈ります。


二〇一八年 一月 九日