解雇権濫用法理と金銭解決制度の是非

一 解雇権濫用法理とは

1 期間の定めのない雇用(労働契約)の終了について、民法627条1項は、各当事者がいつでも解約の申し入れをすること(解雇・辞職)ができ、また、その効力が2週間経過することによって生ずると規定している。しかし、それでは労働者の生活の安定が著しく阻害されることから、労働契約法第16条は、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と規定し、合理性・相当性を欠く解雇権の行使を否定している。

2 この、いわゆる解雇権濫用法理は、もともと判例の蓄積により確立したものである。1975年日本食塩製造事件判決で最高裁は「客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になる」と述べ、解雇権濫用法理を確立した。その後、解雇権濫用法理は、平成15年の労働基準法改正によって旧第18条の2に明文化され、さらに平成19年の労働契約法の制定に伴い、労働契約法16条に規定されることとなった。

3 このように、使用者の解雇権ないし経済活動の自由を制限し、労働者の雇用に対する権利ないし雇用継続に対する期待利益を保護する根拠は、憲法25条生存権の保障や憲法27条勤労権の保障に求められると考えられている。すなわち、長期雇用・年功序列を特徴とする日本型雇用システムにおいては、長期雇用からの離脱自体が経済的な不利益になると評価されることから、合理性・相当性を欠くような解雇権の行使は規制すべきと考えられたのである。

4 判例の積み重ねから、客観的に合理的な理由としては、①傷病等による労働能力の喪失・低下、②能力不足・適格性の欠如、③非違行為、④使用者の業績悪化等の経営上の理由、⑤ユニオンショップ協定に基づく解雇(などがこれに該当すると考えられている。また「社会通念上の相当性」の判断においては、当該事実関係の下で労働者を解雇することが過酷に過ぎないか等の点が考慮されている。

 そして、解雇権濫用の効果として、解雇の無効が導かれ、労働者には労働契約上の地位が認められ職場への復帰が前提となる。

5 しかし、職場に復帰しても、いったん解雇され使用者と裁判して争った労働者にとって職場に居づらくなるという問題は存在する。また、失業に対する社会保障制度が徐々に充実し、バブル崩壊以後日本型長期雇用システムが崩れ、転職市場が大きく成長している現在において、はたして解雇無効による復職のみを認め、金銭的解決を制度的に保障しないままでいいのかどうか、解雇の金銭解決制度導入の是非が問われている。

二 金銭解決制度の是非

1 意義
 解雇の金銭解決制度とは、裁判で解雇無効などとされた労働者に対し、企業が一定の金額を支払って解雇できるようにする制度をいう。この点、裁判前の金銭的解決制度も論理上考えうるが、労働者自ら金銭的解決を望む場合は辞職する場合とかわりなく、経営者側から求める場合は解雇権濫用法理を骨抜きにすることとなるため、認められない。金銭解決制度の是非が論じられる場合とは裁判後であると考える。

2 肯定説 
 制度導入について肯定する立場は、柔軟な雇用調整ができることを理由とする。また、現実に雇用をめぐる紛争が生じた場合に、金銭で解決している例が多いため、制度を創設しても差し支えないとする。さらに、中小企業の労働者などは裁判で争う経済的余裕がないから不当に解雇された場合泣き寝入りするほかないが、金銭解決制度が存在すれば救済されることになると主張する。

3 否定説 
 これに対し、制度導入に反対する立場は、解雇が無効と判断された場合、労働者は復職を選択できるが、金銭解決制度は金銭さえ払えば会社から労働者を追い出せることになるという。これでは、どんなに不当な解雇であっても金銭さえ払えば解雇できるようになり経営者側のモラルハザードを招くと主張する。そして、現在事実上当事者の合意で金銭的解決を図ることができているのであるからあえて制度を創設する必要はないとする。

4 自説
 たしかに、現行法制度の下でも、裁判の途中で和解し、会社が労働者に解決金を支払うことで労働者が退職に合意する場合も多く、また裁判に至る前でも都道府県労務局によるあっせんや労働審判による調停が行われ、解決金の支払いで合意し退職するケースも多いことから、あえて金銭解決制度を創設する必要性に乏しいようにも思われる。

 しかし、和解や調停での解決は長期化することも多く、経営者側のみならず労働者側にとって必ずしも常に有益であるわけではない。また、訴訟による解決の結果も、具体的事案や裁判官の判断、弁護士などの訴訟当事者の力量により左右される場合も多く、不透明であるようにも思われる。同じような事案でありながら、一方では多くの解決金をもらい、他方では裁判官や弁護士の力量不足ゆえに少ない解決金というのでは不公平ともいえる。

 もっとも解雇の金銭的解決制度の導入議論が経営者側からむしろ積極的に行われている背景をかんがえてみると、金銭的解決を理由に不当解雇を促しかねないとの批判も無視しえない。

5 まとめ 条件付肯定説
 以上のことから、解雇の金銭的解決が適用される場合の基準の明確化、解雇権濫用法理の趣旨をふまえ労働者の経済的保障を考慮した金額の設定、使用者側による安易な解雇に利用されないルールが設定されるなどの条件を満たすのであれば、解雇の金銭的解決制度の導入も肯定すべきと考える。

参考文献:厚生労働省「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/0000102665.pdf(最終アクセス2020年8月9日)                          


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