プロダクトは「より人間的に」話すことが求められる
『人はなぜコンピューターを人間として扱うか」(バイロン・リーブス、クリフォードナス著)という本がある。日本語版は2001年刊行だけれど、原書は1996年で、もう四半世紀近く前に書かれた本。IT分野の本としては、もはや古典。でも、今読んでも相当面白い本だ。
本書は「私たちは、目の前にあるモノが人格を持っていると、無意識のうちに感じている」と主張。著者らの研究や実験の成果が、読み物形式で面白く書かれている。
ここで言われている「モノ」とは、コンピューターのUI、映画やテレビ、広告など幅広いメディアを指す。
コンピューターが自然言語(話し言葉)で話しかけてくるとき、それに対する人間の反応は対人間のそれと似ている。だから、コンピューターに褒められると、自分のとった行動に対する自己評価が上がる。そしていい気分になる。さらには、自分のことを何も評価してくれないコンピューターよりも、自分を褒めてくれるコンピューターのほうを好む。
自分と似た性格のコンピューターのことを、そうでないコンピューターよりも有能だと感じる、という実験結果もあるらしい。どちらのコンピューターも、まったく同じ情報をユーザーに提供しているにも関わらず。
本書ではこういった、「人がコンピューターを人間として扱う」ことを示す実験結果が多数述べられている。
この本に、こんな記述があった。(P.127)
学者も、そして人間とコンピューターを研究している研究者たちも、どうすれば、コンピューターに性格を持たせることができるのか長いこと考えてきた。
(中略)
具体策は複雑だった。だって、コンピューターが性格を持つっていうと、かっこいい画像表現だとか、複雑な人工知能だとか、自然言語に従うプログラムだとか、そういうのを持ったキャラクターだのガイドだのが出てこないと無理なんじゃないかと思う人が、たぶんほとんどだからだ。
画像表現、人工知能、自然言語処理。どれも、ここ数年で目覚ましい進化を遂げている分野だ。この本が書かれたのは四半世紀も前だけど、今まさに、コンピューターに性格を持たせる技術的環境が整ってきている。
(本書では、こういった複雑なシステムがなくてもコンピューターに性格を持たせられることを示しているのだけど)
プロダクトの言葉遣いはどう変わっていくべきか
このような背景があってか、GoogleやMicrosoftなど各社のライティングガイドラインでは、「話すように書く」ということが強く言われるようになっている。
Aim, in your documents, for a voice and tone that's conversational, friendly, and respectful without being overly colloquial or frivolous; a voice that's casual and natural and approachable, not pedantic or pushy. Try to sound like a knowledgeable friend who understands what the developer wants to do.
https://developers.google.com/style/tone
Our voice is:
Warm and relaxed — We’re natural. Less formal, more grounded in real, everyday conversations. Occasionally, we’re fun. (We know when to celebrate.)
Crisp and clear — We’re to the point. We write for scanning first, reading second. We make it simple above all.
Ready to lend a hand — We show customers we’re on their side. We anticipate their real needs and offer great information at just the right time.
https://docs.microsoft.com/ja-jp/style-guide/brand-voice-above-all-simple-human
私はプロダクトのUIテキスト、マニュアル、ヘルプ、リリースノートなどを書く仕事をしているのだけど、これらのライティングで重視されてきたのは、「正しさ」「簡潔さ」「ロジカルさ」だった。
読み手が1秒でも早く、誤解なく必要な情報を読み取れるように、文章を適切な見出しで構造化する。文法を単純にして、一文の長さを制限して、「お手数ですが」などのクッション言葉を冗長と見なして排除し、箇条書きや表などロジカルで簡潔な情報表現を駆使する。いわゆる「テクニカルライティング」と呼ばれる分野。
このテクニカルライティングで書かれた文章は、効率的に情報を得られるメリットの一方で、冷たく画一的になりがちな側面がある。書き方がかなり厳密に定義されているので、個性のようなものはまったく感じられない文章になる。端的に言えば、「人間」らしくない文章。
ここで、冒頭で紹介した『人はなぜコンピューターを人間として扱うか』で主張されている「ユーザーに同じ情報を提示する場合でも、その言葉遣いによって、ユーザーがコンピューターに対して抱く感情が変わる」という話を振り返ると、やはりコンピューター(プロダクト)が使う言葉としては、テクニカルライティングには足りない要素がある。
「情報を正しく伝える」以上のことが求められてくる。
「正しさ」「簡潔さ」「ロジカルさ」+「人間らしさ」
UXライティングという新しい分野
ここ数年、UXライティングという言葉が生まれ、IT系の企業を中心にライターの採用が活発になっている。UX Milkの記事では、UXライティングについて、次のように説明されている。
UXライティングとは、プロダクトとユーザー間のインタラクションを支援し、プロダクト内のユーザーを導くUIのコピーライティングのことを指します。UIのコピーには、ボタンやメニューラベル、エラーメッセージ、セキュリティの注意喚起、利用規約、その他のプロダクト使用に関する指示などが含まれます。
効果的なUXライティングのための16のルール
ユーザーに愛着を持ってもらえるプロダクトにするために、UIやドキュメントで使う言葉が今改めて注目されているのだと思う。
このUX Milkの記事で、UXライティングのテクニックが紹介されている。テクニカルライティングの知識がある人なら感じると思うけれど、ここで紹介されているテクニックは、テクニカルライティングと同じものがほとんどだ。UXライティングは、プロダクトで使う言葉としてテクニカルライティングに足りない「人間らしさ」を補ったものとして生まれてきたのだろうと思っている。
人間らしさは効率性とのトレードオフ
UXライティングに関して出ている数少ない書籍の一つに、『Strategic Writing for UX』(Torrey Podmajersky, 2019)がある。英語だけれど、さすがプロのライターだけあって、英語が苦手な私でも何とか読める(時間かかるけど...)。UXライティングでよく言われる「Voice」の作り方や、典型的なUIテキストのパターンなどが詳しく解説されていて、UXライティングに興味がある人にはオススメできる本。
この本に、次のような説明がある。
Natural language gives us a rich variety of ways to construct and convey our ideas, but all of those ways don't work in all experiences. To maximize usability, simple grammatical structures work best for most purposes.
(話し言葉は情報を組み立てて伝えるための豊富な手段を提供してくれますが、それが適切でない場合もあります。ユーザビリティーを重視するなら、シンプルな文法で書くほうが効果的に働くことが多いです。)
However, merely maximizing usability can result in a robotic, impersonal tone.
(しかし、単にユーザビリティーを最大化するだけでは、ロボット的で非人間的なトーンになってしまうことがあります。)
「ユーザビリティー」と「人間らしさ」の適切なバランスを見つけることが重要だと述べられている。両者はトレードオフの関係にある。人間らしさを出すだけでは開発者の自己満足になりかねないし、この説明には共感する。
今後プロダクトの開発に関わるライターは、言葉にどのような人間性を持たせるかと、ユーザビリティーとのバランスを探っていく必要があるのだと思う。
この適切なバランスは、プロダクトの性質によって違ってくる。コンシューマー向けのシンプルなスマホアプリであれば「人間らしさ」を優先したほうがいいだろうし、企業向けの大規模で複雑なシステムであれば、多くの情報を素早く明確に伝えるために、「ユーザビリティー」を優先したほうが良さそう。このバランスをガイドラインに落とし込んで、ライターに共有していく。
さいごに
Slackなど多くの「ファン」がいるプロダクトは、言葉遣いも洗練されている。チャットボット、ボイスUIなど、言葉そのものをUIとするプロダクトも増えていて、プロダクトの言葉遣いの重要性は増している。
昔はどのプロダクトでも画一的だった言葉遣いが、それぞれ個性を打ち出してきていて、いろいろ触ってみると面白い。
プロダクトにどう人間性を持たせるか、ユーザーに愛着を感じて貰えるプロダクトになれるか、ライターの腕が問われる時代になってきていると感じる。
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