届かなかった誠意、受け取った自信
3年間のフリーター生活のうち、最も長く働いたのは文房具店である。
東京の西側、多摩地区の某都市にあるデパートの文房具売場を受け持つテナントにアルバイトとして勤めていた。
ある日、問い合わせの電話を受けた。
シャープペンを探しているんです。
高価なものではないと思うのですが、お友達からお借りしたものを壊してしまって。
新しいものを買ってお返ししたいのですが、あるか確認したいんです。
なんというかね、難しいな、こりゃ、と思ったよね。
まずは来店を促す。
現物を見ればメーカーがわかり、メーカーがわかればカタログからあたれる。
しかし、あまり時間がないと言う。
あれば買いに行きたいが、行ってなかったら困る、というレベルで時間がないんだそうだ。
ここで、「ご来店が難しいのであればお答えしかねます」と切ることもできた。
でも、なんだかできなかった。
電話越しに切迫した空気を感じた気がして、なんとか力になりたいと思ったのかもしれない。
まずはメーカーを聞く。
高価なものではないという情報を信じれば、シャーペン類のメーカーが書いてある場所はある程度特定できる。
結果、おそらくという雰囲気でメーカーは判明。
合わせてバーコードのあるシールを探してもらった。
バーコードのあるシールには、メーカーと品番も書いてある。
しかし、剥がして使う人も多く(私も剥がして使う)、このケースでもシールは見当たらないとの答えだった。
次に、色と特徴を聞く。
これも非常に難しい。
文房具フリークとかではない限り、どれも大して変わらないように見えたはず。
それでも、なんとかその商品にしかないような特徴を聞き出す。
ポケットに挟むクリップの有無、あればその色
替芯を入れるキャップの仕様
握る部分の材質
結果、メーカーがわかったのも幸いして、ほぼこれというものに絞り込めた。
そこで、連絡先を聞いた上で一旦電話を切り、店頭の在庫を確認する。
残念ながら、この店にはなかった。
そのままそれを伝えることもできたが、何となく気が咎めてしまい、次の手を打つ。
少し離れた別の多摩地区某都市にある別店舗に問い合わせ。
しかしこちらも在庫なし。
さらに都心の別店舗にも問い合わせるが、やはり在庫なし。
これ以上あたっているとお待たせしてしまってかえってご迷惑になる。
折り返しの電話をして、在庫にあたれなかったお詫びとお求めと思われる商品のメーカーと品番を伝えて電話を切り、このやり取りは終了した。
なんとも言えない徒労感。
でもやりきった。仕方ない。
後日、遅番のシフトに入ると、早番に入っていた同僚バイトが人の顔を見てなにやらニヤニヤしている。
「いい〜ことあるよ〜」
すると店長からお声がけ。
「田﨑さんに、こちらを」
手渡されたのは一枚のハガキ。
差出人は、例のシャーペンをお探しの方だった。
そこには、私がお答えした結果、別の店舗で無事探していたシャーペンを購入してお友達に返せたという報告と、対応への礼がしたためられていた。
それが、その日の朝礼で(しかもテナントのではなく、フロアーの)紹介されたらしく、だから同僚はニヤニヤしてたのだ。
それにしても、時間が経ってからだけど、あの徒労感が拭われ、報われた気分だった。
このバイトでは、クレームに発展するようなミスもしたけど、わざわざお礼状をいただくような対応を一度でもすることができたのは、職が変わった今にも通ずる自信となっている。
常に誠心誠意。
結果を出すことはもちろん大事だけど、結果を出すべく最善の手を尽くすことがより大事であることを学んだ。
いただいたお礼のハガキは、今でも大切にしている。