有栖川有栖「妃は船を沈める」
第一部「猿の左手」
大阪港に自動車が飛び込みひとりの男が溺死する。
死亡した盆野和憲《ぼんの・かずのり》が睡眠薬を飲んでいたことから、他殺の可能性が浮かぶ。
盆野は、経営する輸入代理店の不振で多額の借金を抱えていたが、その線から3人が容疑者としてあがるが、ひとりにはアリバイがあり、ひとりは車の運転ができず、ひとりは極端な水恐怖症と、それぞれ単独でも、共犯だったとしても犯行は不可能なように見えた。
捜査に乗り出した犯罪学者、火村英生と推理作家、有栖川有栖は、その渦中ひょんななりゆきからホラー小説の古典「猿の手」をめぐって議論を戦わせることになるが、その議論が事件を解決に導くことに。
第二部「残酷な揺り籠」
関西方面を襲ったと震度6弱の地震の最中、ひとりの男が銃殺される。
不動産会社の社長夫妻宅の離れで、殺されたのはかつてそこに居候していたこともある従業員、加藤廉《れん》。
母屋の社長夫妻が何者かに送りつけられた睡眠薬入りのワインで眠らされていた間の犯行だった。
加藤に執拗に復縁をせまっていた元の恋人が容疑者にあがるが、彼女は同時刻、地震のため自宅の地下室に閉じ込められていた。
大阪府警の要請で捜査に乗り出した火村英生は、2年前の事件の関係者と再会することに。
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火村英生シリーズ。
独立した中編として書いたつもりだった「猿の左手」に、2年後に後日談を書くことを思いつき、一本の長編として成立することになったという、ちょっと数奇な生い立ちを持つ作品。
火村が「助教授」から「准教授」に変わる時期の作品だったり、これから準レギュラーになる大阪府警の高柳真知子刑事の初登場もあったりと、シリーズのターニングポイント的な部分も。
作中語られる「猿の手」の新解釈がまず面白い。
私なんかは作中のアリス同様、ずっとゾンビ化したハーバートが帰ってくる展開と思っていたのだけど、同作発表当時、現在のようなゾンビのイメージはまだ一般的ではなかったのだとも。
これが有栖川有栖と北村薫の間で実際交わされた議論というのも、ファンには興味深い。
ミステリとしては、2編のどちらもある容疑者にはこれが出来てこれが出来なかったが、別の容疑者には…… という、あちらを立てればこちらが立たず式のパズルが楽しい。
これがあんまり入り組みすぎると私なんかはすぐついていけなくなってしまうのだけど、本作はそこまでではないのが助かった。