NASAからクマを連れて帰った話
彼はテキサスのヒューストン宇宙センターから来たクマです。
風貌から察するに、宇宙飛行士をしている(もしくは引退した)クマだと思われます。
子供だった私がテキサスで彼と出会い、12時間飛行機に乗り、日本に帰ってきた時の話をします。テキサスで何も得なかった私にとって、唯一の思い出を記録しておきたいのです。
孤独な日々
子供の頃、どれくらいだったかテキサスにいたことがあります。親の知り合いの家に預けられていました。
毎日外に出ず、インターネットを見て過ごしていました(なぜかゴミ屋敷で暮らしていました)。日本人がいないので日本語は話せません。とにかく孤独に過ごしていました。冷凍食品を買いだめて一週間を過ごすために、スーパーで冷凍食品を選べと言われましたが、記載された食材の意味がわからず、結局食欲すら無くなっていきました。食べない動かないで、体は衰える一方です。そんな生活だったせいか、向こうで過ごした記憶が曖昧です。写真もありません。テキサスの良さは全くわかりませんでした。
NASAに行ってみようか
家の主人である知人の男性は、いつも出張で家を空けています。しかし時々出張から帰ってきて、車で外に連れて行ってくれました。
テキサスといえばNASA。一度は行ってみますかねといった雰囲気で、ヒューストン宇宙センターというNASAの施設に連れていってもらうことに。しかしその道中、ボソッと「ガッカリすると思うよ」と呟かれたのです。
なにがガッカリかわからないまま、到着したわけですが。まず、日本では確保できないであろう広大な土地に驚きました。なんか牛とかいたし...。
そして、中に入ってすぐにガッカリの意味がわかりました。当たり前ですが、観光施設であって、研究施設ではないのです。子供向けの展示が多く、雰囲気がもう多摩六都科学館なのです。校外学習向けのコーナーもあるようで、実際、学校で来ている子どもたちもいました。NASAにクールなイメージを持って訪れた人からすると、なんだこの遊園地感は...となること間違いなしです。緊張感の無さにガッカリ...NASAだけに...。
ただ、実物展示やツアーなんかもあります。宇宙飛行士になるまでのドキュメンタリー映画も上映していて、それはなかなかカッコよかったです。まとめると、アスレチックやフードコートなどもありつつ、宇宙のお勉強ができるアミューズメント施設って感じ。
宇宙飛行士のクマに出会う
「ほえー」っと観光して回って、なんとなくお土産屋さんに入りました。東急ハンズの科学コーナーとだいたいラインナップは一緒で、宇宙食やスノードームなんかが並んでいたような気がします。あと、アメリカはやたらマグカップとマグネットを売る習慣があります。
そこで宇宙飛行士のクマと出会いました。
なぜか彼を見た瞬間「日本に連れて帰らなきゃ」と感じたのです。くっきりとした姿が浮かんだわけではないけど、おぼろげながら浮かんできたんです。日本で過ごす彼のシルエットが...
涙の帰国
約束通り、彼を抱いて日本へ帰ります。ジョン.Fケネディ空港まで送ってくれた人はすぐにいなくなり、手を振って別れを惜しんでくれる人は誰もいませんでした。その後一人で手続きをして、一人で搭乗し、一人で12時間過ごしました。
私はいったいテキサスで何をしていたんだろう...と一人で空を眺めているうちに、なんだか鬱になってきました。観光はできたかもしれないけど、日々の生活では何も得られなかったのではないか...ついに涙が出てきたのです。
でも帰国して、クマを見た瞬間「あぁ私NASAまで行ったんだ...」と12時間飛行機に乗った実感がわきました。言葉も通じぬ見知らぬ土地で、子供の自分がよくもまぁ生きていけたなと、自分の苦労が身にしみてきたのです。
手柄の証
あれから10年以上経ちました。今でも時折クマを眺めます。クマは「よくNASAから俺を連れて帰ってきたよなぁ。いやぁお前はよくやったよ。」とくたびれた姿で労ってくれます。
イマジナリーだけど、本当にそう言っているような表情なんです。なるほど。クマは吉良上野介の首のような存在で、子供の頃の私がテキサスから持ち帰った手柄の証だったんですね。
無人島のような場所で、人知れず悩みを抱え、子供ながら必死に生きました。今だからこそ笑い話にできるテキサスでの日々は、私の人生における闇です。でも確かにNASAまで行きました。小さい足でしっかりとそこに降り立ったのです。そう。月に旗を刺すように...。
あぁ...あの映像が本物かどうかはまた別の話ですよ。