僕が"人生の豊かさ"を見つけるまで part 2〜”死”と”生”の分岐点〜
前回のあらすじ
何気なく毎日を過ごしていた20年間
普通に生き、普通に暮らし、普通に仕事をして、普通に死んでいく
そう思っていた時に届いた健康診断の結果。
" 心電図 要精密検査 "
「柏木さん、診察室へどうぞ。」
僕は診察室からの呼び出しに、不安か恐怖かよくわからない感情になっていた。
心臓に見つかった異常
「僧帽弁・三尖弁心臓弁膜症とブルガタ波形という心電図の形をしています。」
”心臓弁膜症”
心臓内にある4つの血液を送り出す弁が異常を起こし閉まらなくなったり、逆流したりする不整脈のこと
僧帽弁と三尖弁が弁膜症なので胸痛や息切れを起こしやすかったりする。
最悪呼吸が止まったり心不全になると言われています
”ブルガタ波形”
正常な心電図より少し不規則な動きをするブルガタ波形
お医者さんはこのブルガタ波形のことについて
少し曇り顔で説明してくれた。
「このブルガタ波形という心電図の形をしている方は1000人に1人”ぽっくり死”と言って突然死する可能性があるんです。」
「ブルガタ症候群と言われてて、治療法はありません。遺伝的な物なので、、、とりあえず様子をみましょう。」
その時の僕はどういう顔をしていただろうか。
”突然死”という言葉が脳裏に焼き付いて、その日の夜は海辺で独り泣いたのを覚えています。
”死”と”生”を想う
僕は明日死ぬのだろうか
朝起きたらこの世にはいないのだろうか
家族ともう会えないのだろうか
家族を作れないのだろうか
今まで何をしてきたのだろうか
これから何を生きがいに生きたらいいのだろうか
僕はお世話になった人に何ができるのだろうか
死にたくない。生きたい。
まだ幸せになりたい。
たくさんの人と幸せを分かち合いたい。
僕はもっと楽しく生きていきたい。
月が照らす海で独り
人生で初めて ” 自分が死ぬ ” ということに向き合い
これからの ” 生きる意味 ” について考えた日でした。
自分に残された命で何ができるのか
” 人はいつか死ぬ ”
” 生 ” と ” 死 ” は誰しも平等にあり、”どう生きて” ”どう死ぬか”も自由だ
生きるのが辛くなったら死ぬ選択も自由だ。
だか自殺したとして、何が得られるのか
得られるのは ” 生の苦しみ ” からの解放
それと同時に ” 生の喜び ” の喪失でもある。
友人とご飯を食べながらたわいもない話をしたり。
幼い頃から一緒のペットと散歩をして戯れたり
家族と旅行をして思い出話をしたり
恋人と好きな音楽を聴いて、お揃いの物を作ったり
近所のお婆さんのお手伝いをして「ありがとう」と言われたり
自分の見えるだけが世界ではない。
この世界はまだ知らない世界がたくさんある。
まだ見ぬ世界をもっと体験したい。
誰かが喜ぶ姿を、もっと見たい。
そのために命の火を燃やしたい。
心に決めた事と”それから”
” 誰かをために生きる ”
” 死 ”と” 生 ”に向き合い、そう決めた僕はボランティアや誰かの臨時応援バイトに行きまくった。
地域のゴミ拾い・地域イベントスタッフ・臨時のカフェバイトなど
たくさんの地域の人たちの ” help! ” に応じて仕事の合間を縫って手伝いまくった
当時の仕事は2交代制だったので
夜勤の時は仮眠を合間に挟みながら日中お手伝い
仕事 → 寝る → 仕事
仕事 → 仮眠 → ボランティア or 飲食バイト → 仮眠 → 仕事
スケジュール的に ” しんどい ” と思われるかもしれないですが、
それが不思議なことに元気になっていくんですよ
職場と家で毎日を過ごしていた日常に
地域との交流が増えただけで、世界が一気に広がった感覚でした。
普段気づかなかった地域の良さや、面白い人と出会い
それまで何もなかったと思ってた地元に愛着が湧いてきたのです。
もっと知りたい。
もっと関わりたい。
そう思いながら日々のボランティア活動に注力していた結果
僕は ” まちづくり ” に出会いました。
〜 ”死”と”生”の分岐点 〜 完
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〜 まちづくりとの出会い 〜
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