日の出橋の僕へ
半年前まで、鎗ヶ崎の交差点あたりにある築40年超えのマンションに住んでいました。
窓から見えるアトラスタワー中心の街並みと、駅に向かう途中に渡る日の出橋が好きで入居を決めた家でした。
日の出橋から覗く目黒川は穏やかで、水は川底が見えるくらい澄んでいます。
ここに越してきたばかりの頃は、東京でも綺麗な川を見れるという事実に毎日感心していました。
でも、そんな目黒川も大雨が降ると途端に表情が変わり、エアコンを洗った時に出るような水があふれんばかりに流れます。まさに濁流です。
豪雨の日は、そんな濁流を横目に「ここに自分が落ちたら、あっという間に消えてしまうんだろうな」と実感の無い不安を頭によぎらせながら会社に向かっていました。
人生とは川の横断である。
30歳の誕生日まであと2ヶ月を切った今、そんな名言を思いつきました。
というのも、この半年でたくさんの「川を横断した人」に出会ったからです。
出会った場所は「企画でメシを食っていく」という社会人向けの講座でした。
コピーライターの阿部広太郎さんが主宰する「企画でメシを食っていく」(以下、企画メシ)は、半年間、隔週土曜に一人ずつゲスト講師を招いて開催される企画講座です。
漫画家のマキヒロチさんやRhizomatiksの真鍋大度さん、ピースの又吉直樹さんなど、錚々たる顔ぶれが自身の半生と企画に対する考えを語る特別な時間です。
講義の話をする前に先に書いてしまうと、僕はこの企画メシ当日の時間と同じくらい、事前に出題される課題と向き合う時間が好きでした。
晋平太さんの回では「8小節で自己紹介ラップをつくる」だったり、又吉直樹さんの回では「”叫ぶ”をテーマにコントの脚本をつくる」だったり、ここでは講義の事前に必ず、その回ならではの課題が課されます。
このテーマは本当に様々で、毎回予想ができません。
課題の出題から提出までには10日間の猶予があるのですが、出題された瞬間は頭が真っ白になるような難解なテーマも、一つずつパズルのピースを集めていくことでゆっくりと輪郭を持ち、それがいつの間にか僕自身の「企画」になっていました。
もちろん、全ての課題には正解なんてありません。
だからこそ、それを「企画」にまで昇華させる道のりも無限にパターンが存在します。
31人の同期が提出した企画書を眺める深夜が、僕はたまらなく好きでした。
課題と向き合った後は、それを出題した講師の半生、企画に対する信念と向き合います。
毎回、講義当日に課題への講評をもらうのですが、全ての講師がそれぞれ全く異なる視点を持っているため、僕たち32人が提出した企画書はいつもあらゆる角度からコテンパンにされたり、褒められたりしました。
また、講評の角度と同様、講師の方々が辿ってきたこれまでの人生も多種多様です。
お母さんに漫画の読み聞かせをねだる女の子が、気づけば漫画家になっていたり。
新卒で大手の外資金融会社に就職するも退職し、人工流れ星の実現を目指す会社を立ち上げていたり。
29歳までニートとして過ごしながらも、自身が所属するバンドのライブ企画がきっかけで日本一有名なイベントプロデューサーになっていたり。
まるでそれが人生を通して与えられた使命であるかのように、迷いの無い表情で今の仕事を語る皆さんの姿はとても印象的でした。
でも、その多様な半生も、全てのエピソードに共通していた要素があります。
それは「目の前の困難を圧倒的な熱量と自分なりの方法で乗り越えてきた」という一点です。
僕たち社会人が生きる世界には「じゃあ仕方ないか」と言わせるための言い訳が絶えず流れてきます。
業界にはびこる固定観念、所属する組織が抱える事情、そして忙しさや疲れ。
仮に人生が、そんな言い訳たちが無限に流れてくる「川」なのだとしたら、企画メシの講師の方々は、皆その川を自身の足だけで横断した人たちでした。
さらに、彼らが当たり前のように話す「川の横断」経験は、僕自身が抱えるモヤモヤとした記憶を「川の迂回」経験として浮き彫りにしました。
尊敬している先輩が会社を辞め、やりたいことを追い求めて起業した時も、
友人が東京を離れ、地方で植木職人に弟子入りをした時も、
優秀な同期が自主提案を繰り返し、自らの力で仕事をつくり上げていた時も、
僕は日の出橋から茶色く荒れる目黒川を眺めていた時のように、
「自分だったら、きっとあっという間にあの流れに飲まれてしまう」と決めつけ、そこにダイブするという選択肢を遠い世界の話のように感じていたのだと思います。
企画メシは近道を教えてくれません。
そこでしか学べない知識やスキルもありません。
さらに、教室のあるみなとみらいは都心から近いとは言えません。
でも、何というか、そこには多分全てがあったんだと思います。
課題を通して「川の対岸を想像すること」を学び、
講義を通して「そこに辿り着くためには、自らの足で川底を蹴って進まなければならない」という事実を学ぶ。
その過程で、僕たちは自分の過去を咀嚼し、今の生き方を反芻し、目指すべき「次の対岸」を見据えました。そして腹をくくります。
全てはいつの日か「自分だけの人生」を歩むために。
企画メシからの卒業だけでなく、
年明けに初めてのバイト先だったドーナツ屋さんが無くなったり、4月に初めて転職したりと、今年はなにかと卒業を感じる年になりました。
でも、しばらくは振り返らずに生きたいと思います。
なぜなら、よそ見をしている時間が無いことに気付いたからです。
少なくとも最初の対岸まで、今目の前に横たわる川を渡りきるまでは。
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