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DREAM

浅草にて。週末エンターテイナーと、こんな話をした。

「DREAM、終わっちゃった。今日から一般人や、抜け殻になった気分」って。

繰り返される非日常は、やがて日常になってしまう。だからいつかは終止符を打ち、現実世界に戻って、またあの日常を繰り返す。非日常は、たまに訪れるからこそ刺激に、活力になる。


でも、日常から消えてしまうには、長すぎた。

深夜3時までZOOMをして、朝起きたらまっさきにDREAMのことが頭に浮かんで、昼から夕方はカフェでひたすら台本に思考に本心に向き合って、夜はまたZOOMを開く。そんな生活を、年末からもうずっと続けていた。勝ち上がるごとに重圧は膨れ上がる。みんなもう限界だった。私も、メンターも、他の出場者も、運営陣も、みんな。



ここまでは、ファイナルの2日後に書いた文章。

1週間たった今、この文章を読み返して、しまったなって少し後悔している。

あの勢いのまま書き続けていたら、きっと未知の私に出会えた。自分の中にこんな感情が、言葉が、想いがあったんだって気づけた。だから最後まで書ききるべきだったって。

とは言えど、やっぱりすぐに直視できる現実じゃなかったとも思う。ファイナルの4日後には京都、その翌日には北海道に飛んでいた。どちらも素敵な思い出になった、でも隙間にはやっぱりあの日々が入り込んでいて、まだ向き合うのに抵抗があって。逃げているとしか思えなかった。

まだ振り返りたくない、振り返ったら過去になってしまう、あの5か月を「思い出」なんて綺麗でありきたりな言葉で片付けるのは許さない。

そんな風に意地になって、本心から目を背けている自分に気づいたから、こうしてキーを叩こうと決めた。


この冬、プライベートの記憶はほとんどない。

思い出すのは深夜のZOOMに、東京で京都で兵庫で福岡でDREAMerと語り合った時間。気付けば全てをDREAMに捧げていたから、起きたこと全部「あれは確か4次審査直前やったな」「Web投票の直後やっけ?」なんて審査に関連づけている始末。笑っちゃうくらい、DREAM以外の記憶がない。それくらい、この半年間のすべてを埋め尽くしたDREAMもTABIPPO学生支部の活動も終わってしまって、満たされているはずなのに、空っぽになった気分が拭えない。

たった10日そこらで消化できるものでは決してないけど、いつか忘れ去る感情なら、ちゃんと記録に残しておきたいと思う。今この瞬間、私が何を感じているか。DREAMとどう向き合ってきたのか。記憶が薄れて思い出せなくなる前に、全部、ひとつ残らず書き残しておきたい。DREAMの終わりは、何かの始まり。そう信じてるから、まだまだ思い出なんかにはしてやらないけど。




DREAMファイナル、最終の6次審査。参加者700人から最後の4人。ここまでの倍率、175倍。

そんなところまで来てしまって、ようやく私は、このコンテストに魅せられた。最後の最後で、あの場所に立つことを、心から喜べた。



ファイナル前夜、ホテルで荷物を降ろすと猛烈な眠気に襲われた。それはメンターも同じで、お互いホテルに着いたら最後に一回合わせようね、なんて言ってたのに二人とも睡眠欲に負けた。セミファイナル前夜は3時過ぎまで眠れなかったことを考えると、なんてお気楽なこと。だけど何の心配もなかったし、早く紗衣ちゃんに竜斗に未麗ちゃんに会いたいなあ、アイリーンもともきちも来てくれるって言ってたなあ、なんて若干浮かれていた(実はメルちゃんにも燿くんも会えた)。絶対楽しい楽屋になるな、とも。


私が本領を発揮するのは、限界まで追い詰められたとき。

だとしたら、ファイナルはその場ではなかった。



「私たちが考え、表現する機会を増やせば、もっと世界を動かせる」


一番言いたかった台詞が飛んだ。

セミファイナルから、さらに考え直した台詞。

「発信する私を見て、自分もnoteを始めたという友達。とても嬉しかった。私の言葉が、誰かの考えるきっかけになる。そして、今度はその人が、考えたことを言葉で表現する。私たちが考え、表現する機会を増やせば、もっと世界を動かせる。」


セミファイナル以降、この台詞を書くまでに、ひたすら模索した。


大好きなDREAMerが、私にくれたフィードバック。

「なおちゃんは強い」
そう言ってくれた、優しくて英語の上手な男の子が、なおちゃんの発信を受け取った人にどうしてほしいか、そこをもっと詰めなって助言をくれた。


私は、どうしてほしいんだろう?


すべての人に私の言葉が届くことはありえない。

私が何を書いたって興味を持たない人はいる。批判的なことを言う人もいる。理解できないと言う人もいる。
万人に届くものなんて存在しない。頭ではわかっていたつもりだったけど、ある審査過程を通じて、その理屈は身に染みた。実は、ようやく受け入れられたのは数日前。

私にとってその人たちは、初めから欠けた1%だと思うことにした。

誰にでも存在する、欠けた対象。全員に私の声を聞かせようとするのは、私の傲慢だった。
やっと理解できたからこそ、私に興味を持ってくれる99%を大切にしようと心から思える。


とにかく、私は私の言葉を受け取ってくれた人に、大切にすべき99%に、どうしてほしいんだろう?

何度考えても答えは出なかった、けど、突然糸はつながった。


私にインスパイアされて、自分もnoteを書いたという嬉しい報告があった。4次審査直前と、セミファイナル直後に。

少なくとも私の想いは二人の心を動かして、自分も内に秘めているものを表現しようって、そう思わせる力があった。それが衝撃的ですごく嬉しかったことを思い出して、答えはすぐに見つかった。


「私たちが考え、表現する機会を増やせば、もっと世界を動かせる」


この世界は、表現しなきゃ伝わらないことで溢れている。

もちろん、伝え方は選ばないといけない。不特定多数の受け手を想像しないといけない。だけどどれだけ慎重に選んでも、上手く伝えられなかった、誤解された経験は山ほどある。かといって、万人受けする無難な表現は、結局存在しないのと同じ。

自分を表現するって、とても難しい。あれだけ張り詰めるような苦痛を味わって綴ったにも関わらず、受け入れられなかったときのことは忘れない。言わなければよかった、世に出さなければよかったって後悔も味わった。

だからこそ、届いたときの喜びが大きくて、共感されると嬉しくて、自分も何かできるのかもって勇気に繋がった。一度行動に移せたら、もっとその先へ飛び出せる。


安全圏から口出しするのは誰にでもできる。だからこそ私は、しょうもない野次を飛ばす、誰かの外野にはなりたくない。そんな自分はすごく恥ずかしいし、情けないとすら思う。

その一方で、勇気を出して表現した人は尊敬に値する。文章でも絵でもスピーチでも告白でもカミングアウトでも、何でも。DREAMerはその筆頭だ。だから私は、東京に京都に福岡にまで、彼らに会いに行ったのかもしれない。順位も投票数も表現力も関係なく、一歩を踏み出せた人たちに。



「私たちが考え、表現する機会を増やせば、もっと世界を動かせる」

自分の内に眠る、伝えたいメッセージが見つかった。自己満足の、その先が見えた。

だから私は、ファイナルに到達してやっと、あの場所で叫べるのがすごく待ち遠しいと感じたのかもしれない。心の底から幸福だと思えたのかもしれない。

覚悟を持って、前に出られる自分になれたことに。私の言葉が誰かに届いて、共感されて、私と同じように言葉を使ってみたいって思ってもらえたことに。自分の好きなもの、みんなで考えるべきだと思うこと、信念。何だっていい、声を上げる勇気を持つきっかけに私がなれたら。まわり道をつづけたDREAMの、ファイナルでやっと純粋な想いだけで動けたから。勝敗も重圧も見栄も関係なく、ただ届けたい一心にまで昇華されたから。舞台からの景色が、会場中に響き渡った拍手が、今でも忘れられないのかもしれない。


ファイナルの観客席は、とてもよく見えた。

セミファイナルの会場が真っ暗闇だったのに比べて、はっきりと観客の顔が見渡せた。この人たちに伝えたいことを伝えなきゃ、そう思うと力も入って、感情もあふれて、言葉に詰まった。舞台に立つと頭が冷えるはずの私が、「残り30秒」の文字を見た瞬間に思わず台詞を飛ばした。7分を超えると、1秒ごとに10の減票措置がある。一番伝えたかった台詞。それを飛ばしてしまった瞬間、頭が真っ白になった。もう私のプレゼンは刺さらないと勝手に思い込んだ。拍手喝采が、下げた頭にただ響いていた。楽屋でも上手く笑えなかった。アイリーンが撮ってくれた映像を、私はまだ一度しか見られていない。セミファイナルの方が完璧だった、そう思い込んで、誰も気付いていないたった一度のミスを責めた。優勝を逃したことより、自分の思うベストを出せなかったことの方がずっとずっと悔しかった。「楽しみ」なんて思ってはいけなかったのかって、セミファイナルのときみたいに限界まで自分を追い詰めるべきだったのかって。



だけど、私の言葉はちゃんと届いていた。


ファイナル以前に私のnoteを読んでくれていた人はもちろんのこと。

ファイナル直後、見ず知らずの方たちが、私のプレゼンについて感想を語ってくれたのをSNSで受け取った。衝撃の事実の連続だった。


セミファイナル大阪で私のプレゼンに感動し、わざわざ東京までファイナルを応援しに来てくださっていたという方。

私のプレゼンを見て、大好きなピアノの魅力を綴るべく自分もnoteを始めたという方。

セミファイナル大阪・福岡、ファイナル東京のすべてに足を運び、「自分の中の優勝はなおちゃんやった」と言ってくださった方。


優勝こそ逃したけど、だからこそ2025年に世界一周しようと一層強く思えた。何より、私の想いが想像以上にたくさんの人に伝わっていたことが本当に嬉しかった。台詞がたった1つ飛んだくらいで、落ち込むことはなかった。だけどその事実も、言葉を尽くして私に伝えてくださったからこそ受けとめられたことです。本当に、ありがとうございます。


想いを伝える場で、私は「一番」を取ったことがない。

中学時代、オーストラリアへ飛びだした英語プレゼンテーションコンテスト。高校時代、2年連続でクラスの代表として出た学内の英語スピーチ大会。どれも2位か3位だった。規模が違えど、DREAMでも準優勝だったってことは、私はどこまでも天才ではなく秀才止まりなのかも。これまではコンテストに出るたび、結果を突き付けられるたび、言いようのない屈辱にさいなまれた。


だけど、DREAMに限っては悲観的になりようがなかった。

何度でも言う。DREAMerは、とんでもない人たちだ。

私は彼らのことを、親しみを込めて内心「バケモノ」って呼んでいる。

人生をかけて信念を貫き通そうとする、思考力も行動力も情熱も一級品のバケモノ集団と出会えたこと。DREAMという同じフィールドに立てたこと。喜びや苦しみを分かち合えたこと。その中で私が最後の最後まで勝ち上がれたこと。全部全部、身に余る光栄だと思ってる。私がDREAMで得た最大の財産は、準優勝という結果じゃない。DREAMerと、メンター達と、運営陣と、切磋琢磨して自分の本心に向き合ったあの時間そのものだ。


アイリーンの地熱、峻介の海、友哉の笑顔、メルちゃんの「ただいま」。

もう単語を耳にするだけで、あなたたちの顔がプレゼンが使命が鮮明に浮かぶようになった。

「直子と友哉は永遠のライバルだから」って、ある人からLINEが飛んできたの、本当はすごく嬉しかった。


「やりたいことがなくてもいい、生きているだけで、みんな誰かのgiveになってる」

セミファイナル福岡。今の竜斗に、去年の私が報われた。休学したあの夏、人生に意義を見失った瞬間に、竜斗の言葉を聴けていたら。giveってなんだ、takeってなんだ、私は誰にどこまでできていた? って、最近ずっと考えている。


「常に繰り返される日常と向き合うから、非日常という魔法は特別になる」

5か月も日常に溶け込んでいたDREAM。今思い返せば、あれは完全な非日常で。それでもあの「日常」に真摯に向き合い続けたから、DREAMという魔法には永久の効果があるらしい。そう教えてくれたのは紗衣ちゃん。


「世界のどこかで、また一つ言語が消えている。だから今行かなきゃいけない」

私は言葉をどれだけ大切にできている? 未麗ちゃんの叫びを聞いて、考えてみた。こうやって私が文章を書けているのも、本当は奇跡に値する。自覚できたら強くなれる。だからこそ、未来のフィールド言語学者はあんなにも強いのかもしれない。


こんな素敵なファイナリスト3人と、セミファイナリスト4人と、同じ場所に立てて本当に光栄だった。身に余る機会だった、そう謙遜したいけど、きっと私も同じくらい業の深いDREAMerだった。社会に伝えるべきものを持つ人間だった。そしてかの外交官以来、人生で初めて、こんなにも誰かを尊敬した。


これはコンテストだから、700人の中から1人を選ばなきゃいけない。


辞めたいって、何度も思った。

全員が最高にかっこいいDREAMerなのに、なんで1位を決める必要があるのかって。それをジャッジする人は、私たちと同じことができるのかって。DREAMerと親しくなればなるほど、私たちを対立させるこのコンテストを嫌いになりかけた。

だけどファイナリストの立場で、現実味と説得力を持って宣言できる。

人の夢に優劣なんてない。DREAMに参加した700人全員が、最高に素敵なDREAMerだ。自分を表現する一歩を踏み出した時点で、みんなこの上なくかっこいい人たちだって。


私にとってDREAMは、人生をかけて信念を貫き通そうとしている、最高のバケモノたちと出会えた場所。

1秒たりとも気を抜けなかった。少しでも軸がぶれたら負ける、そんな危機感でいっぱいになるくらい、強くて尊敬する人たちの集まり。


そして私たちDREAMerが表舞台に上がるとき、隣で、後ろで、メンターをはじめとする本当にたくさんの人たちの支えが必要不可欠だった。

「なおが楽しそうならそれでいいよ」「なおの尖りを前面に出していこう」
私の意思を最大限に尊重してくれて、まずい方向へ行きかけたらちゃんと引き戻してくれたメンターには、きっと一生頭が上がらない。あなたのおかげで、私の色付いた世界に意味が加わりました。あれほど私のことに一所懸命になってくれて、私の代わりに泣いてくれる人、他にいるのかな。


「コンテストで勝ちに行くことは、なおにとっては負けだと思う」「評価に合わせにいくと、なおがつらい思いをする」
私の葛藤を論理的に掬い上げてくれた、二人の照れ屋な裏メンターたち。インタビュー記事を通して感謝を伝えたら、「読んだ」って無愛想に言われた。文章じゃなく、目の前で直接お礼を伝えに行かないと。


運営陣を死ぬほど振り回したこと、実は反省すれど後悔は一切していない。

「自分にだけは絶対に嘘をつかない」
「限界まで自分の本心に向き合ったプレゼンを創る」

それは私なりの、DREAMへの誠意だったから。


そうやって、自我を貫くことを最大限に応援される場所にいられて、本当に幸せでした。

つらいことも散々味わったけど、最後に笑って終えられたのは、ちゃんと得るべきものを得られたから。

DREAMerとしての私の姿を見て、自分も心のうちを表現しようと行動してくれた人。

自分もDREAMに出てみようと思ってくれた人。


そんな人たちが、言葉を尽くして私に伝えてくれたおかげで、今この文章を書けています。

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