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ダラダラ学べる映画鑑賞の秋

秋がやってきて、やっと涼しくなった。暑かった夏の喧騒も落ち着いて、少しホッとしている。今年は仕事が忙しく、別部署の研究に取り組んでいて自分の時間が全然持てなかった(ポストも今年前半は無理だった)。しかしながら、最近やっとプロジェクトが半分完了したことで少し余裕ができた。

さて、やっと一息ついたところで、芸術や読書の秋にしようかとも思ったけれど、やっぱりちょっとでも暇ができると、つい受け身になってカウチポテトをしたくなるのが人情。しかも、家にいても子育てで疲れる。やっぱり、怠けぐせも健康のため(?)には必要。そう感じている方も多いはずなので、週末にダラダラしながら少し学べて、エンタメ性もたっぷりな映画を集めてみることに。

・・・で、下に東西、ジャンル、時代も問わず、さまざまな作品をネタバレなしでピックアップ。あとでまた、2・3点追加するかも。

『グッバイ、レーニン!』(2002)

まずは、最近、旧東ドイツのことを考えて混乱していたので(前ポスト)、この映画。これは、主人公アレックスが東西ドイツ統一直後に昏睡状態から目覚めた母親を守るため、東ドイツがまだ存在していると信じ込ませる大奮闘を描いた、切なくも感動的な物語。母がショックを受けないように偽のニュースを作り、徐々に変わる現実の中で東ドイツの幻影を維持しようとする。

前のポストでも触れたが、ドイツに住んでみて、東西ドイツ統一が人によって異なる意味を持っていることに気がついた。この作品では、同じ家族の中でもまったく価値観の違うキャラクターが描かれている。主人公、若いアレックスは、西側の資本主義寄りだが、母親は社会主義を誇りに思うプライドの高い女性教師。この対比が、まったく違う価値観を持つ人たちを理解する大切さを教えてくれる。意見は皆違っても、お互いをジャッジせず、優しく思いやる姿が描かれていてとても感動的。

サウンドトラックはフランス人ピアニストで作曲家、ヤン・ティルセンが担当、彼のピアノ曲たちが映画の雰囲気を一層引き立てている。この作品は多くの賞を受賞し、ドイツだけでなく欧州全体で大ヒットした名作だ。

上のトレーラーだけでなく、ティルセンの主題音楽の演奏も以下に貼っておく。イタリアの演奏家によるバージョン。

『乱』(1985)

お次は、黒澤明監督による日仏合作の大作で、シェイクスピアの『リア王』と毛利元就の「三子教訓状」をもとに、戦国武将と3人の息子たちの家督争いを描いた大傑作。架空の戦国武将・一文字秀虎と、家督を巡る3人の息子たちとの争いを描き、兄弟同士の対立が家族の破滅へとつながる悲劇を描く。

また、シェイクスピアの影響に加え、『方丈記』や「諸行無常」を謳う『平家物語』などの日本古典や仏教思想の無常観も彷彿とさせる。これらは、人生の儚さや世界の移ろいゆくさまを描く。また、この作品では、俳優の顔さえアップではっきり映さない。あくまで、主題と舞台は、『世』といった感じ。まるでシアターのよう。

最近話題の真田広之によるハリウッドの「SHOGUN」も米エミー賞を総なめにした素晴らしい作品だが、やはりこの「映画監督」という『道』を極めた故・黒澤監督にはかなわないだろう。この『乱』は、日本映画の真髄を極めた本物だと感じる。

また、富士山山麓でのロケの際は、「シーンのイメージにあう天候」をひたすら待ち、撮影を延期し続けたというエピソードさえある。これは、黒澤監督がこの映画にかけた情熱の徹底ぶりを象徴。製作費26億円、9年をかけたこの映画は、第58回アカデミー賞でワダ・エミが衣裳デザイン賞を受賞するなど、国際的に高い評価を受けた。

上は、ロンドン拠点の映画通向け映画配信サービス『Mubi』が制作し、映像美と音楽が際立つトレーラー。

『インターステラー』(2014)

これは、ハリウッドのSF映画で、『オッペンハイマー』でアカデミー賞を受賞したクリストファー・ノーランが脚本と監督を務めた。危機におちいる地球を離れて新たな居住可能惑星を探す宇宙飛行士たちの壮大な旅が描かれる。

じつはまったく期待をせずにこの映画を観たせいもあり、ストーリーの意外性にはとことん驚かされた。量子物理学のような最新理論に基づく摩訶不思議な世界観が広がり、それでいてかつ、家族の絆を掘り下げる人間同士のストーリーも印象的。主人公の疑惑や後悔といった、ハリウッドらしくないリアルな感情さえ描かれていて、思わず引き込まれてしまった。

多様な要素が「てんこ盛り」なこの映画は、全体としてみると、じつに驚くほどしっかりした筋が通っている。製作側が事前に練り込んだ構想が感じられる。いろいろなテーマが絡み合いながらも、一貫したストーリーが保たれているのが素晴らしい。そして、視覚効果や映像美も超一流だ。

特筆すべきは、理論物理学者のキップ・ソーンが科学コンサルタント兼製作総指揮を務めている点だった。同氏は2017年に重力波検出装置の構築に貢献し、ノーベル物理学賞を受賞しており、映画の科学的考証に信頼性を与えている。時間や重力、相対性理論といった複雑なテーマが、エンタメとして親しみやすく巧みに織り交ぜられているのは、こうした努力の賜物だと実感。

こちら、ワーナー・ブラザース公式の解説ビデオ。

下の主題音楽ビデオは、作曲家アシュトン・グレックマンがアレンジしたもので、英国ロイヤル・アルバート・ホールのオルガン音源を使用。映画のシーンも含まれており、素晴らしい仕上がり。

おまけ:ベストだと言われるトレーラーバージョンの英語版。80年代のNASAの映像なども駆使されてノスタルジックな雰囲気。

『さらば、わが愛/覇王別姫』(1993)

チェン・カイコー監督による、英国領時代の香港と中国との共同製作で生まれた不朽の名作。リリアン・リーの小説を基に、20世紀初頭から文化大革命後までの激動の20世紀中国を舞台に、京劇俳優・程蝶衣(レスリー・チャン)とその友人段小楼、妻菊仙の複雑な関係を描く。故レスリー・チャンの中性的な美しさも圧倒的で、一度見たら忘れられない映画。

日本でも、「四面楚歌」のエピソードなどでよく知られている劇中劇「覇王別姫」物語も深く印象に残った。1993年にはカンヌでパルム・ドールを受賞し、2023年には4K版が公開された。また、2005年には米『タイム』誌の「世界の歴史に残る映画100選」にも選ばれている。

90年代にイギリスではじめて観て以来、何度も繰り返し鑑賞してきたが、全く色褪せることのない作品だと改めて感じる。映像美、キャスト、歴史的スケールがこれほど見事に融合した映画は他にない。

下に映像美がとても素晴らしいカナダのトレーラーも貼っておく。雰囲気と映像を味わっていただきたい。日本では、アマゾンプライムで閲覧できるようだ。

『ラン・ローラ・ラン』(1998)

これは、トム・ティクヴァ監督によるドイツ映画の傑作。恋人のマニを救うため、20分で10万マルクを用意しなければならないローラが、ベルリンを駆け抜ける姿をテクノポップに乗せて描く。

ストーリーはゲームのように、うまくいかなければまた振り出しに戻ってやり直す形式で進行し、同じ時間を繰り返すリフレイン。しかしながら、ストーリーが少しづつ変わっていく。3回のトライでは、大失敗から成功までの過程がユニークで、展開が次第に破天荒になっていく。

実は、このポップな映画は、ドイツ哲学でよく語られる自由意志や決定論、偶然の役割を面白おかしく描いているのだそう。街での些細な遭遇がいくつかのパラレルワールドを生み出したりして、見ていると不思議な気持ちになる。街で通りすがる見知らぬ人々が、パラレルワールドでは全く別の人生を歩んでいる様子が走馬灯のように映し出されるシーンがつづく。とてもクリエイティブな演出だ。カジノシーンでは、ローラが運を操る展開もある。

こういった哲学思想をまったく重みなしに、エンタメとして楽しめる作品だ。

下には、最近リリースされた映像クオリティの高い4K国際版のトレーラーを追加しておく(台詞なしだが面白い)。

『ダンケルク』(2017)

この、またもやクリストファー・ノーラン監督の異色戦争映画は、第二次世界大戦のダンケルク大撤退を描くイギリス、オランダ、フランス、アメリカの4カ国合作で、第90回アカデミー賞では8部門にノミネートされ、編集賞、録音賞、音響編集賞を受賞した。

1940年5月26日から6月4日のダイナモ作戦では、チャーチル首相の指導のもと、331,226名の連合軍兵士が奇跡的に救出された。イギリス海軍中将バートラム・ラムゼーの指揮で、民間の小型船やイカダを含む900隻もの船が急遽手配され、一般の英国民までも、兵士たちを救い出すために勇敢に駆けつけた。

しかも、この「ダンケルク大撤退」は、単なる撤退以上に、連合軍が兵士人員を確保し、戦争に勝利するために不可欠だったとも言われている。もしこの大救助がなければ、ノルマンディー上陸作戦も実現せず、最悪の場合、連合軍は戦争に敗れていた可能性もあるとのこと。下に、短い3分程度の歴史解説のビデオも貼っておく(ワーナー・ブラザース公式ビデオ、2:25あたりが興味ぶかい)。

日本ではこの歴史はあまり知られていないが、注目すべきは、国民が一丸となって兵士を守ろうとした点だ。一方で、旧日本軍では撤退は許されず、自害や自爆という悲しい選択肢が強いられ、多くの人命が犠牲となった。その結果、兵士の数が激減し、結局は戦局を悪化させた。このダンケルクのテーマとは、人命を尊重し守ることこそが、真の愛国心だ、ということではないだろうかとも感じた。

『東京物語』(1953)

海外に住んでいると、なぜかこの古い日本映画『東京物語』をよく耳にする。1953年に公開されたこの作品は、小津安二郎が監督を務め、笠智衆と原節子が主演するモノクロ映画。

フランスやドイツなどの非英語圏の欧州でも、ロングセラー的な人気を誇っている。10年くらい前、小津監督の大ファンだと称するフランス人の同僚から勧められたことがあった。その当時はモノクロの50年代の日本映画だということで、なんとなく敬遠してしまった。

最近、独仏共同テレビ局『Arte』で小津監督のスペシャル番組が組まれたおかげで、やっと初めて鑑賞し、その素晴らしさに驚いた。

この映画は、上京した老夫婦とその家族を通じて、家族の絆や親子関係、老いと死、人間の一生を冷静に描写している。小津監督による、ドラマチックなシーンがほとんどない演出が、逆に強いインパクトを与える。本当に巧みな構成で、不意に「人間って、こんなものに過ぎないのか…」と感じさせられる瞬間が多い。そのリアルさが胸に響き、とても考えさせられるメッセージが多く含まれている。現代にもとても通じる。

それでも、観客に厳しさは一切感じさせず、ささやかながら心に深く残る。もっと早く観ておけばよかったと思った。昔勧めてくれたフランス人の同僚は正しかった。

また、この作品は日本よりも海外で非常に高く評価されているようで、米Rotten Tomatoesでは100%の批評家支持率を誇り、2012年の英国映画協会『Sight&Sound』による映画監督が選ぶ史上最高の映画ランキングでは第1位を獲得したらしい。

上、英国映画協会による英語字幕トレーラー。選ばれたシーンやセリフもなかなかいい感じで仕上がっている。

では、この辺で。また、あとで何点か追加するかもしれない。これから、ちょっとダラダラする。

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