染まる


明け方、季節が変わるための雨が降る。今年もゆっくり秋に包まれていく。誰かのことを深く知りたいと思う時、少しずつ戻れなくなるのと同じだと思った。気付いた時には全て染まっている。



近くにいるから分かるなんて単純ではないけれど、離れているから分からないっていうのはやっぱりあって、それはもう仕方なくて。だからなおさら。
今何してる?今どんなこと考えてる?
夢みたいに幸せで大切な記憶を何度も思い出しているせいでそれが本当に現実だったのか分からなくなってしまいそう。もう一度忘れなくさせてほしい。もう一度よりたくさんして。この先もずっと忘れませんように。
忘れたくないの中にいつか忘れてしまうことの不安が含まれていても、それよりも君との間に起こりうるひとつひとつが特別だと思うからだよ。



正反対のことを同時に考えていると、片方に引き寄せられた分の反動で真逆まで向かうを繰り返してしまう。極端ではなくその端と端に辿り着くまでの間も丁寧に苦しんで、日に日にその距離が長くなる。息が続く限りの潜水のよう。
全部知りたい、けれど何も知りたくない。考えたいけど感じていたい。なんにせよひとつだけほんとうのことが分かっていればもういいよね。私だけが分かっていることがある。


時間が経って何か確信に変わる頃、やっぱり無理があったねって二人で穏やかに諦める方を想像して耐えられなくなった。でもそれを逆算して今をできるだけ幸せに過ごすなんてもっと耐えられないと思った。
これ以上お互いがさみしくならないように幸せの上限を決めたとして、それが諦めとも予防線とも違う、幸せを純粋に幸せとして受け取れるための手段なら良いこととも悪いこととも思わない。でもそれがいちばんさみしい。怖くても、もっと、と願ってしまう、明日が不確かだから希望で繋ぎたいと信じてみたくなるのは、恋人の甘いそれではなくもっと誠実な祈りのようなもの。



たった一面の、しかもそのほんの少しを見せてもらっただけで、全てだと思ってはいけない。
実際は誰の気持ちもとても複雑で、今思うことが明日も同じように思うとも限らない。良いことも、そうでないことも。できるだけ同じ気持ちが続きますようにと思う。
自分の気持がわからない時、自分から発せられる言葉や態度に確信が持てなくて黙って固まって涙が流れる時、変わらずそばにいて待っていてくれる君のことが好きだよ。
ほんとうのことだけはできるだけまっすぐに届きますように。



盛大にしんどい朝と夜を繰り返していた。
全てが引金になり得て直ぐにでも泣き出しそうだった。もう何も考えたくない。でもせめてその優しい声に触れたい。私の感情の全てを預けた声が聞こえる。こんなにも心地良いのにそれ以外が全てままならない。
それでも身体の内側はいつも君に向かって思考で満たされている。全身で感じながら考えていると気付かされる。そうして私の身体や思考の奥深くは全て君のものになる。表面は社会や日常に順応していても、繋いだ手を放さずにいる。もう意図的に、二人以外の誰にも触れられない場所で。



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