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彼の人形になりたい
ぺろり。
彼が『彼女』の足を舐める。もう見慣れた光景だけど、何度見ても心がざわつく。
「ねえ。あたしのことも舐めてよ」
我ながらおかしなことを言ったものだ。
彼も同じように思ったらしく、珍妙な生物でも見るかのように目を細めた。
「断る。君には口がついているだろう」
「なにそれ」
「ぼくが彼女たちを舐めるのは体調を確認するためだ。彼女たちは口をきけないが、こうすることでその日の体調や気分などのコンディションがわかるんだよ」
「…なにそれ」
この男は本当にクレイジーだ。頭がおかしいとしか思えない。
『彼女たち』、つまり彼が愛してやまない等身大フィギュアのコレクションなわけだが、こんなものに体調なんかあってたまるか。ただの人形じゃないか。
(なんでこんな変態、好きになっちゃったんだろ)
あの人、ロボットなんじゃないの!?と言われるほど賢く、且つ何があっても表情を変えない男として大学内でも有名な彼。
そんな彼と『彼女たち』との蜜月っぷりを偶然目にしてしまったのは数ヶ月前のことだった。
恭しくひざまずいて、生気のない手の甲にキスをする。最愛の恋人に愛の言葉をささやくように微笑む彼のその顔。
それは初めて見る表情で、やわらかな愛情に満ちていて、なぜか不覚にもときめいてしまった。
その瞳にあたしを映してほしい。見つめてもらえる人形がうらやましい。彼の人形になりたい。
そう思ってしまったのだ。
「なんでこんな変態を」
しまった。本音がつい口に出た。
「変態の家に入り浸ってもらわなくて結構なんだが」
さすがの彼もむっとしたのか、こちらをちらりとも見ずに言い放つ。でも、本当のことじゃん。
彼に近づきたいと思ってから数ヶ月。あたしはなんとか彼の家に入れてもらえるだけの親しい関係になった。
だからだろう。ほんの少しだけ、彼の表情のバリエーションを見られるようになってきた。
(まぁ、不機嫌とか馬鹿にした感じとか、そんなのばっかりだけど)
「迷惑がってるわりに、家には入れてくれるよね」
「迷惑とは言っていない」
「じゃあ、あたしが来てじつは喜んでたり?」
「ぼくは一緒にいて不快な人間をそばには置かない」
彼の言葉はいちいち回りくどい。会話のキャッチボールが絶望的。上から目線なのも癇に障る。…けど。
「もしかしてアンタ、あたしのこと好きだったりする?」
ふん、と鼻で笑う。弁の立つ彼が言葉に詰まることはめずらしく、さすがに機嫌を損ねた?と不安になったけれど…特段怒った様子はない。
(よかった)
できるなら彼の怒った顔は見たくない。安堵した次の瞬間だった。
彼の長い指が驚くほど自然にあたしのアゴをつかむ。
そして驚くほど自然に、くちびるがくちびるに触れた。
「だったらどうするんだ?」
にやり。
『彼女たち』を見つめる慈愛に満ちた微笑みとも違う。また彼のはじめて見せる顔だった。
(不意打ち…!)
クツクツと、さも可笑しいといった様子で肩を揺らしている。腹立たしくはない。むしろ「もう一回して」と言ったらどんな顔をするだろう、と思った。
こんな顔もするんだ。もっと、彼の知らないところを見てみたい。
あたしは彼が愛してやまない『彼女たち』よりも、特別な存在になれるのだろうか。それとも、もうとっくにそうなのだろうか。
それならうれしいと感じてしまうあたしは、彼と同じくらいにクレイジーなのかもしれない。
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※2019/05/23追記
ノベルゲーム作成アプリ「のべるちゃん」でノベルゲーム化させてみました。
こんな短いお話なのに、組み立て直してさらに絵や音楽をつけて……とやっていたら、なかなかの時間がかかってしまいました。
でも楽しい作業でした!またお話を考えて、作ってみたいです。