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ื๒ศีคฮฅแฉ`ฅ๋คหหผครคฟคณคศกกึะดๅというメール

 メールが届いた。タイトルは「 ื๒ศีคฮฅแฉ`ฅ๋คหหผครคฟคณคศกกึะดๅ」である。送り主は前日にメールのやり取りをした人で、単に文字化けだな、と気づいたものの、それにしても不思議な文字ではないか。昔『ラングーン』というミャンマーの映画を見たことがあって、中に出てきたミャンマー語の文字が、視力検査のようでかわいく、それかもしれない、と思った。あるいは、MacやiPhoneで「ぞくぞく」と入力する「ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ」というマークが出てくる。その仲間、という可能性もある。などと思いつつ、調査を始めた。

 まず、文字化けする前のタイトルは何だったのだろう、と送り主に尋ねてみたら、「昨日のメールについて思ったこと」だという。当然ローマ字入力だろうから、kinounome-runituiteomottakotoと打ったのだろう。この文字に当てはめて、何とか法則性を見出せないだろうか、と思った。

 全然関係のない話になるが、小学生の頃、シャーロック・ホームズシリーズのどれかを読んだ時に、手旗信号の手紙が出てきた。ホームズはそれを解読するのだが、その時に知ったのは「英語で最もよく使われる文字はe」ということだ。反対にz やq はあまり使われない。この知識を利用して、中学校の頃、クラスで単語当てゲームをした時に« Quiz »にしたらボロ勝ちした、というのはどうでもいいことだ。もう一つ関係のないことだが、ぺレックという作家が1969年に書いた『煙滅』という小説は、300ページを超える長い物語だが、そこには e を用いる単語が一度も使われていない(英語と同様、フランス語でもe は最もよく使われる文字である)。これは日本語なら「イ段」(い、き、し、ち、に…)を用いないに等しい難しさだそうで、なんとこの本の翻訳は、この「イ段」を使わずになされている。

 それはともかく、この不思議な「 ื๒ศีคฮฅแฉ`ฅ๋คหหผครคฟคณคศกกึะดๅ」には、よく見ると「ค」が6回登場している。そして、「กกึ」、「ศีค」は、連続して同じ文字ながら、一方が魚マークをかぶっている。この魚マークは何だろうか。「กึ」は鳥が魚を捕まえた、に見えないこともなく、片一方が手ぶらであることから、関西人なら誰でも知っている「551」の「あるとき」、「ないとき」のCMを思い出すけれど、もちろんここでは何の関係もなかろう。もしかしたら濁点かもしれないが、「昨日のメールについて思ったこと」には濁点が一つもない。謎だ。さらに、真ん中あたりで「หห」が連続している。この辺りから何かヒントは得られないだろうか。

 まず、ローマ字で打った時に6回出てくるのは「o」だ。また、真ん中で連続して現れる字は「t」である。一瞬光が見えた!という気もしたが、残念ながらテキはそんなに易しくはない。「ค=o」、「ห=t」と結論づけるのは早計というもので、tは他の場所にも登場しているし、oは最後にくる母音で、位置が合わない。よってここからは何も推量できない。また、魚の「あるとき」、「ないとき」についても、何もわからない。お手上げなので、せめて何語なのかを調べようと方向転換してみた。

 ここまでわからない記号だと、もうこれはメールのタイトルをコピー&ペースとして「検索」をかけるしかない。で、かけてみたら、出てくる出てくる、この文字がわらわらと登場した。しかし読める字が一つもない。何語なのかもわからない。そこで、愚直にもメールのタイトルのあとに「何語」というのをつけて打ってみた。すると、タイ語の文字一覧、というのが現れた!開いてみると、まさにこの文字と仲間たちがずらずらと並んでいる。しかし、全部が見つかるわけではない。結局、ื=ue、ค=k、というのはわかった。ืにも魚マークがついているので、これはもしかしたら音が連続するしるしなのかもしれない(しかし、なぜそれがueなのかは謎)。また ืがue なら、下が○であることに注目してみても、これは「ゼロ」を表し、「子音がない」ということかもしれない(この辺り、ハングルとちょっと混同している)。となると、ศีは一体なんだろう。kと別の何かが連続するのだろうか。謎だ。

 というわけで、結局真相は藪の中だった。これまた全然関係のない話だが、「真相は藪の中」は芥川龍之介の『藪の中』から来ているそうだ。これを知ったのは、自粛期間中に黒澤明の『羅生門』がNHKで放映されていたためで、タイトルのわりに下人も老婆も登場せず、おかしいな、と調べたら話の内容は『藪の中』から取っており、結局誰が誰を殺したのか、真相はわからないまま、という話であった。京マチ子は不思議な色気があり、三船敏郎はいるだけで「この人が主役」という華があり、映画俳優はかくのごときか、と思わされた。

 何のオチもない話になってしまったが、一通のメールのタイトルからこれまで知らなかったことがいくつか知れて、それはそれで楽しいひと時だった。




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