e : exchange

「なーんていうか、一緒にいる時間が退屈になってきたのよねー」

夏海はベットにごろつきながら言った。両手を伸ばして伸びをする。

「はじめはさー、自分にないものを持ってる!って思ったの。私が思いつかなかったこととかビシィッ!と言ってくれるし」

ビシィッという効果音に合わせて突き出した右手人差し指は、力なく腕ごとベットに落ちる。

「けど、最近はそんな風に思えない。なんというか、頭いいのかなんなのかわからないんだけれど、細かいというか、理論ばっかりというか」

「夏海はいつも直感で生きてるもんね。そりゃ息も詰まるわ」

話しかけられているのか一人事を言っているのかよくわからなったが、真冬はスマホをいじりながら、夏海が仰向けになっているベッドの脇にもたれつつ応えておいた。

夏海は翔太と付き合って1年になる。付き合った頃は、動物園に行けば動物の生態や豆知識をたくさん教えてもらったとか、食事に行けば味をテレビのレポーターみたいに評価してたとか、はしゃぎながら真冬に話していたが、最近は水族館に行ってもペンギンはじつは生臭いとか、ケーキバイキングにいっても成人女性の一日の消費カロリーはケーキ何個分だとか、そういった話をされてうんざりだと愚痴ばかりこぼすようになっていた。

「初めのころはひょっとすると、真冬といるときの感覚を翔太に感じたのかも。相性いいなーっていうか、やりやすいっていうの?」

「あー、なるほどね。論理的っていうのなら、私に似ているのかな?」

夏海と真冬は双子である。一卵性のせいか見た目は瓜二つで、親でさえ2人が大学生になった今でもたまに間違える。

夏海と真冬は見た目こそ鏡に写したようだが、その性格は対照的――対称的だった。

直感と感覚で生きる夏海。

論理と分析に基づく真冬。

それこそ鏡のように、2人の性格は、性質は、真逆だった。

そんな正反対の2人ではあったが、凹と凸がうまく嵌るように、噛みあうように、息がピッタリ合っていた。互いの考えていることは、多くを語らず理解し合った。

互いを自身に映し出す合わせ鏡のように。

「いい人だなーとは、思うんだけれどね。あーあ。真冬みたいに、冷静に沈着に相手のいいとこ見られるようになりたいなー」

「私は夏海みたいに、あんまり考え過ぎないで、もっと自分の思うまま生きてみたいけれどね」

鏡を見て身だしなみを整える。

夏海は真冬の長所を見て自分の短所に気づき、真冬は夏海の長所を見ることで自分の短所に気付いた。

2人は互いのないもの――互いにあるものに、魅かれたとも言える。正反対で、真逆で、対称な2人は、だからこそ磁石のN極とS極のように引き合った。それなのに夏海が翔太――正反対の彼氏とうまくいかないのは、自分に足りないものとして求めるものと、パートナーの素養として求めるものの違いなのかもしれない。

「自分と正反対な人間を彼氏にすることって、よっぽど相性よくないと駄目なんじゃない? 凹と凸が嵌っても、ぴったりかっちりしてなければ、ガタガタしちゃってガタが生じて、削り合っちゃう」

真冬はスマホをベッドにポイと投げ、夏海が横になっているベッドに腰掛けた。

「なるほどねー。凹と凸か……私と翔太じゃパズルのピースが合わないってことなのかな。はー。次は自分と似たような感じの人がいいなぁ」

「あら。もう翔太とは別れるんだ?」

「んー、多分あっちも居心地悪いよ。私最近返事にバリエーションがないし。『へー』とか『ふーん』とかばっか」

薄々感づいてるんじゃないかな、と。

両手を枕代わりにしていた夏海は、急に黙った。

天井を一点に見つめている。

「……?どうしたの?」

「あのさ、真冬」

様子に気付いた真冬の声を、遮る夏海。

「あんたさ、翔太と付き合ってみない?」


……。


「はぁぁぁぁ???」

「いやさ、私と翔太が正反対で相性が合わないっていうなら、同じように私と正反対の真冬なら、翔太と案外うまく行くんじゃないかな、と思って」

「発想が直感的とかいうのも通り越してるよ!!短絡的過ぎだよ!!」

それに。

「第一、翔太に何て言うのさ!!!」

「それはさ」といって夏海は起き上がって真冬に顔を寄せる。

「こっそり入れ替わっちゃおうよ」

「……はい?」

真冬は狐につままれたような顔になった。

「翔太とも1年ちょい付き合ったから、情っていうのかな。可哀想だなっていうのもあるの。何様って感じだけれどね。けど、私よりうまくいく人がいるんだったら、win-winじゃない?ま、キャラが全然違うんだから、すぐに分かるかもしれないけれど、そのときはそのときで。もし分からなかったら分からなかったで、翔太が私のことをその程度しか知らなかったってことだし」

試す意味でも相手の為にも。

なんたるご都合主義だ。

真冬は呆れ顔で訊く。

「それさ、私の気持ちのこと考えてないよね。そこ、一番大事じゃない?」

「え?」

夏海は驚いたように、けれども少しニヤニヤしながら言う。

「真冬は面白そうだと思わないの?」

正反対といえども、やはり姉妹で双子なのだろう。

真冬もニヤリと、夏海に笑みを見せた。


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「なぁ。聞いてた話と大分印象が違うんだけど」

一翔は部屋に入るなり言った。

「おう、お帰り。印象が違う?どういうことだ?」

部屋にいたのは一翔と瓜二つで、見た目こそ区別のつかない双子の兄――翔太だった。

「いや、もう何もかも。直感的どころか、あんなに論理的な話ができる女の子は、初めてって感じ。俺に似てるどころか、真逆なタイプじゃん」

翔太の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。どういうことだろうか。

「でもいいね。あぁいう自分に持ってないものを持っている子って。翔太がいいっていうなら、ぜひ夏海ちゃんとこれから仲良くしていきたいな」

一翔は嬉しそうに言った。

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