【追悼】沖縄復帰前の与論島(鹿児島県)を舞台にしたミステリー小説『ハイビスカス殺人事件』(西村京太郎)1972年
沖縄復帰の年、1972年(昭和47年)4月28日に初版が発行された「ハイビスカス殺人事件」は、沖縄復帰前に日本の南の国境線があった与論島を舞台にした殺人事件の謎を解く、西村京太郎作品としてはごく初期に書かれたミステリー小説だ。
アイヌの血を引く若杉徹という大学で民族学(※原文ママ)を教えている青年が登場し事件の謎を解いていくのだが、この作品で事件が発生した時は日本の南限は鹿児島県の与論島であり、沖縄は復帰前の琉球政府時代の沖縄として描かれている。
今年(2022年)は沖縄復帰50年なので、この南島ミステリーはちょうど50年前の作品となる。
鉄道が走っていない南西諸島の与論島が舞台となっているのだが、飛行機と船の運航状況が時刻表として登場し、後の西村京太郎トラベルミステリーに連なる原石と言っても良い社会派小説になっている。
突き刺すように暑い太陽の日射し、髪に挿したハイビスカス、透き通るように青い海と空、舞台となる与論島の風景描写は自然に包まれ実に開放的だ。
また、復帰前の沖縄(琉球政府)と先に復帰して日本の南限であった与論島(奄美)との距離感や違い、地域を隔てる国境線の様子など地理的な描写もとても時代を感じさせる。
この若杉徹という青年のまなざしにはアイヌの血に導かれるような描写が多く、それは物語中「アイヌ南下論」の自説としていくども登場する。
また若杉は与論島の葬儀の様子を眺めながら、アイヌの埋葬の儀式と似ているところと違うところを探し、風葬の歴史や泣人の習俗にも触れる。そして「突き刺さる」と表現されるしつこいぐらいの太陽の日射しの描写も印象に残る。
南西諸島を舞台にした小説で民族(民俗)学者が登場すると言えば、安達征一郎の「怨の儀式」が思い浮かぶが、初版は西村京太郎の「ハイビスカス殺人事件」が早い。そして、アイヌの血を引く青年を主人公とし、南西諸島の少数民族を物語のプロットにすえるいうとかく社会性を帯びた背景があるが、物語のタッチは(50年前であるが…)若者の刹那的な生き方を批難する様子もなく飄々と描き、ミステリーが展開していくのでとても読みやすい。
アイヌの血を引く若杉徹という民族学者の登場する作品では「殺人者はオーロラを見た」もファンの人気は高い。また、西村京太郎作品の中で鹿児島を舞台にした小説では、現在の鹿児島中央駅が国鉄の西鹿児島駅と呼ばれていた頃の「西鹿児島駅殺人事件」という駅シリーズのトラベルミステリー小説もある。
とかく政治性を帯びてしまうことの多いこの地域であり、この作品でも沖縄戦についてや日本における少数民族という重いテーマも含んでいるが、描かれる南島の人と自然と素朴さはその重さをときほぐしてくれるように読後には爽快さが残る。沖縄復帰の年に世に出た作品でもあり50年後の今年オススメしたい南島文学と言っても良いと思う。
物語終盤で若者が口ずさむこの島の詩を引用する。
最後に「ハイビスカス殺人事件」という沖縄復帰前の南西諸島を舞台にした傑作ミステリーを残してくれた西村京太郎さんのご冥福をお祈りいたします。