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泣く子はいねぇがの感想(ネタバレあり)


この感想では仲野太賀作品比較の為、
石井裕也監督作「生きちゃった」のネタバレもしております。
ご注意ください。


MOVIX京都で鑑賞。結構混んでた。

コロナがいよいよ第三波に突入してきたし、ぼちぼち外出しない方が良いのかなぁと思いつつ来てしまった。

大人になりきれない主人公の右往左往を観ていく内に「じゃあ大人になるというのはどういうことなのか?」とブーメラン的にこちらにも返ってくるような痛みがあった。

目の前の痛みから安易な方法で逃げてしまう事は誰にでもあると思うし、だからこそ逃げ続けて来た彼が父親の立場を捨て娘に愛情を示すラストはやっと痛みと向き合う覚悟が出来た様で凄まじく感動してしまった。

佐藤快磨監督

演出も素晴らしくて、是枝監督が認めた才能!みたいな触れ込みも納得の傑作だと思った。

なんとなく是枝監督作品と通じる世界観を予想していたのだけど、もうちょっとドライな印象がした。結局前進したのかも分からない位のバランスで映画は終わっていく。

それでいてコメディセンスが凄く良くて、特に好きなのは東京の居酒屋で殴られる大賀の横で誕生日ケーキのロウソクを吹き消す女が同じカットの中にいる所とか笑ってしまった。喜劇と悲劇が同時に映り込んでいる感じが個人的には新井英樹の漫画作品っぽい雰囲気を感じた。

なまはげという題材

なまはげという題材と主人公の不器用さの相性も凄く良かった。この題材だから語られる物語としてしっかり意味があると思った。
映画内でもあったけど一軒一軒まわりながら家にお邪魔して良いですか?と聞いては断られ、いざやらせてもらっても最後仲良く記念撮影しているシーンがあったり神様としての威厳はなく時代に合ったなまはげの形に変わっている。それに対してラストの主人公のゲリラ的に相手の立場を無視して自分のやりたい事をやるスタイルは原初的ななまはげのやり方に近い気がしてフィクションだから出来る正しくはないけど胸を打つなまはげの形を体現しているみたいだ。ちゃんと「子供に元気に育って欲しい、幸せになって欲しい」という愛情の裏返しである一番大事な彼の想いと、なまはげの意味が重なるラストカットの切れ味素晴らしい。


登場人物

たすく
「白熊の事を絶対考えないで下さい」というのは皮肉過程論という実験の話らしい。初めて知った。

この映画では彼の目の前にこのモチーフが度々現れる。
「何かを考えない様にしよう」「もう忘れよう」とすればするほど考えてまた失敗してしまう彼の生き方をそのまま象徴しているみたいだ。

仲野太賀的には真っ当な人間になりたいのになれない、という苦悩を抱えた人間の描き方としてこないだの「生きちゃった」の厚久とも通じるキャラクターだとも思う。
厚久の方は必要な時に何も言えず何も出来なかった事に苦悩するキャラクターだったけど、たすくは一番いけないタイミングでやらかしてしまう人で全く逆とも言えるし、佇まいとかも全然違う(役者さんってやっぱり凄い)のだけど、どちらも僕たちと同時代にいる生き辛さを抱えた共感出来る若者として、根底で通じているのが面白い。
ラストは娘に会いに行くという部分も同じだし、どこまでも変わる事が出来ない不器用さで必死に愛情を伝えようとする胸を打つラストだった。どちらも大好き。

ビジュアル的な要素も凄く良くて、前髪がかかったボサボサの髪型や、GAPのパーカー、東京の部屋着で着てたアディダスのパチモンのあれとか服装の着こなしとか、彼の精神的な幼さが見た目だけでビシビシ伝わってくる。
もちろん目つきの暗さとかヘラヘラした顔とか仲野太賀の演技力も凄いので実在感が圧倒的。

最初の子供の抱っこの所で泣かれるシーンが対になる様なラストが切ない。
板橋さん演じる新しい父親がサラッと「お父さんがいるから大丈夫だよ」と言ってるのが、もう自分は父親じゃなくて、なまはげになる事でしか向き合えないし、そうすることでしか気持ちにケリをつけられない彼の希望とも言えない位の切れ味で終わるラストが苦い&最高。


ことね
これまで観た吉岡里帆が演じたキャラクターの中でダントツで素晴らしかったと思う。

たすくを見つめる目の力が圧倒的で、怒気と哀れみ両方を含んだ様な目で真っ直ぐたすくを見つめる度に苦しくなってくる。
それに対してたすくの方は目が泳いだり視線が合わせらなかったりするのが対称的。

そんな彼女もしっかり大人になりきれている訳じゃなくて、パチンコ屋でのたすくの母親とするやりとりが印象的。
ここではたすくを見つめる様な強い目力ではなくとても弱々しい印象。
詳しくは語られなくても彼女の苦悩が伝わってくるみたいだし、たすく母が言う「大丈夫だぁ」に救われている所にとても感動する。
彼女をそのまま優しく応援する意味と「自分達はもう忘れていいから」みたいな色んなニュアンスが詰まった良い言葉。

だからその後たすくと会った時にもう完全にふっけれて医療事務の資格を取って前に進む報告を改めてする時の覚悟が決まった顔が、とてもかっこ良かった。

志波

たすくの唯一の友達で彼だけがたすくの浅はかとも言える言葉に呆れつつもちゃんと付き合ってくれる。そのせいでどんどん事態が悪化はしていくのだけど大人になりきれない二人のつかず離れずな距離感の友情が観ていて和んだ。
密漁が見つかった時の笑顔は個人的には今年観た映画の中でベストスマイル賞あげたい。

それと撮影が凄く良かった。
役者の名演を切り取る腕前はもちろん、海が入る引きのショットの美しさ、たすくがやっている手信号やカートに乗ってくるくる回るしょうもない動きとかもいちいち躍動感があって、全シーン「良い日本映画観てるなぁ」という満足感。


という感じで佐藤監督、初めて知ったけど劇場長編デビュー作にして堂々たる完成度だった。また今後の作品が楽しみな監督さんが増えて嬉しい。

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