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リンドグレーンの感想(ネタバレあり)

京都みなみ会館で鑑賞。
毎週の事ながらコロナウィルスの影響はあるけど、サービスデイの21日の土曜ということもあり半分位は席が埋まっていた。
「漫画誕生」を観に来たけど時間があるし、もう一本観ようと思い今作をチョイス。
何の前情報もなく観たけど、予想を遥かに超える大傑作で本当に観て良かった。

一人の作家の半生を描いた映画なのに作品作りに打ち込むシーンは一切ない。
彼女がどんな少女だったのか、初めての仕事、初めての恋、初めての出産、そして母親になっていく様子がとても丁寧に描かれていく。
そこに未来のファンと繋がっていく映画的な仕掛けが素晴らし過ぎて涙が止まらなかった。

冒頭に自分の作品に対して読者の子供たちから送られてきたファンレターをじっくり目を通したり、テープに入った子供たちのおしゃべりを聞いたりするシーンからさりげなく映画は始まっていく。

これがとても重要な要素で、彼女の人生で苦境が訪れる度に未来の子供からのファンレターがナレーションで入ってくる。

もちろん劇中の彼女の耳に入っていく訳ではないのだけど、いま彼女が味わっている苦しみが、誰かに対し勇気を与えている事に感動するし、映画の作り手がこの映画自体が持っている物語性でアストリッド・リンドグレーンという人間の人生を称えている様でそこにもまた感動する。

「一人で子供を育てる母親」という登場人物は悪い言い方をしてしまうと映画で何百回も観た事がある設定なので流して観てしまいがちなのだけど、この映画では急に母親になってしまう恐怖やそれでもお腹を痛めて産んだ我が子への愛おしさ、信じていた愛する人が実は自分と同じように子供への愛情を持っていない事への絶望、一度は里親に預ける事を決意したのに再び母親の役割が戻ってきてしまった時の不安と負い目など、こうなる様にしかなかった一つ一つの描写が本当に丁寧で、シングルマザーである事の重みを痛い位こちらに突き付けてくる。

出産前、出産後の女性の体に起こる変化と、それを知られない様にごまかさないといけない辛さが伝わってくるシーンの数々に男としては居心地が悪く、全然分かってなくてすみませんという気持ちになった。

主人公アストリッド・リンドグレーン。

僕は不勉強ながら全く「長くつ下のピッピ」を読んだことがなかったので分からないのだけどパンフレットの情報を読むと、少女時代の彼女の性格をピッピと重なる様な型にはまらない性格になっているそうな。

決して狭い村の中に納まらない価値観を持っている人なのだけど、家族との関係がただ仲が悪いだけの設定になっていないのが良いなぁと思った。

門限を守らない彼女に対し怒る母親と言い争いになったり険悪なシーンの後でも、それはそれとして畑仕事の最中にジャガイモを投げ合って家族みんなで和気あいあいとする場面が入ってきたりもする。(このシーンは何気なく母親が子供を流産させようとする話題とかが入ってきてこの後の展開への布石としても上手い)

なんというか「それはそれとして」で関係性がちゃんと続いていく様子とかで後に決裂したりしても「この人達はこの人達なりに彼女の事を想っている」というのが分かる自然な家族描写だし、だからこそ冒頭と同じ様に家族全員で教会に行くラストで目がもげる程感動してしまう。

世界中の子供から愛される作品を作り出す根底にあるものが「ただの母親である事、一人の女である事」という普遍的なアイデンティティになっているのが、世界中の女性に対して「あなたと同じなんですよ」と伝えている様な気がした。

子供の父親であるブロムベルイも彼は彼なりに彼女の事をちゃんと愛していた事をしっかり描けていたしラストの教会での再会シーンでの目線のやりとりで、ただの駄目な男という描き方にはなっていないのが真摯さを感じた。

でも前半の彼女がバッサリ髪を切ったことに対しての反応とか、さらっとしたすれ違いの入れ方が上手くて、こういう事が積み重なって段々と溝が大きくなっていくんだろうなぁ、、、という予感がすでに漂っていた。

母親との関係性の描き方も見事。

とてもキリっとした人で一見アストリッドと真逆の性格に見えるけど、女性に対しての抑圧で散々痛い目を見てきたからこそ彼女に対して厳しく言っている様に見える。

アストリッドがいざ子育てを始めてみると、言う事を聞かない我が子へのしつけの仕方が母親に重なる様に見えるのが味わい深かった。

あと演出的に何度も繰り返されるダンスシーンでの彼女の心情が変化している事の提示の仕方もそうなのだけど、絵的には同じ様なシーンなのにその時その時の登場人物の心情が全く違う事で、全然印象が変わっていくシーンの積み重ね方がとても丁寧で腕のある監督さんだと思った。

ペアニレ・フィシャー・クリステン監督作品、今回が初めて観たけど今後も追いかけていこうと思った。

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