ボヤンシー 眼差しの向こうにの感想(ネタバレあり)
イオンシネマ京都桂川で鑑賞。
こんな小さな作品を明らかに意識的に配給しているイオンシネマ本当ありがたい。
主人公の辛すぎる境遇
カンボジアの少年が貧しさに耐えかねて稼ぐ為に家出をするが、騙されて22時間労働の漁船で奴隷として働くことになるという、あらすじだけで既に面白そうな予感がして観に行ってきた。
主人公の住む村や家族関係のどん詰まり感が結構丁寧に描写されていくので家出に至る主人公の選択も切実なものに感じた。
冒頭の学生たちが通学路を楽しそうに歩いていくのを見ながら重い肥料を持って歩く背中で悲壮感が伝わってくる感じ。
そして学校に行けない所か長男優先で家族内での待遇も悪く「働いているんだからお金が欲しい」と言っても全く相手にされない。
木に登り遠くの方に送る視線の演出とかで「俺の生き方これでいいのか?」という葛藤みたいなものが説明なく伝わってくる。この映画は全体的にセリフは少ないけど表情とかだけで登場人物の心情を演出をする手際が上手い。
そして家出して怪し過ぎる斡旋業者を頼ってタイに向かおうとするのだけど、この時点で嫌な予感がプンプンしてきてやばい。
原っぱで夜まで待たされてギュウギュウに人を詰め込んで港に向かっていく所とかとても生々しくて怖い。エンドクレジットみたら実際に今起こっている事っぽかったしかなり取材しているんだろうなぁ、、、。
船上の地獄描写
そこからの奴隷船のくだりの地獄っぷりがかなり見応えがあってこの映画の白眉だと思った。
映画的な嫌がらせ描写というよりは「いや、実際はこんな感じなんで」と当たり前の様に提示されていく感じが、現実との地続きな感じがして凄い嫌。
鍋に一杯の冷や飯をそれぞれが小さいカップで分け合う所や、「どこだよ」っていう位狭い所に全員で雑魚寝(敵対している奴がずーっと睨んでくる)とか、そんな方法でトイレすりゃ落とされちゃうよな、、、とか、細かいディティールで「確かにありそう、、、」っていう説得力ばっちり。
エロ本1ページとか魚の切り身をひと切れ(めっちゃマズそう)貰える権利で人間関係がギスギスしていく様子とか確かに極限状態だとこういう事になりそう。
しかし使えない奴隷に対する殺し方の見せしめ感とかはかなり嫌。特に歯向かったおじさんの殺し方とかわざわざ他の船呼び出してやっているのが凄い露悪的だけどああいう感じで半笑いでやってしまう感じが、逆にリアルな気がして嫌。
しかし独特だと思ったのが、主人公が他の奴隷を殺してしまう所があるのだけど、人を初めて殺めてしまった事による苦悩が全く描かれない所。
極限状態なので当たり前みたいに他の奴隷を殺す選択が出てくるのが結構怖く感じた。
そこからはもう止まらなくて次は奴隷を管理している側に牙をむいていく。
流れてきたデカい骨を見つけた時に「これ、武器でいけるな」とか、船の運転室に何度か入って「これ、運転できるな。」という段階までいってからの反逆が凄い計画的で「人を殺すことにもう躊躇がない」というのが分かる。
とはいえ計画実行の所の緊張感は凄まじくてめちゃくちゃハラハラしてしまった。
癖の強いキャスト陣
キャストの人たちの迫力も凄く良い。
当然知らない人ばかりなのだけど、地獄を見てきた登場人物の目のギラギラ感が凄い。
主人公の男の子はかなりハンサムな美少年と言ってよいと思うのだけど、目の暗さが素晴らしくて絶妙に何を考えているのか何を企んでいるのか分からない感じでずっとハラハラして観ていた。
それに対して最大の敵として立ちはだかる船長のふてぶてしい存在感がどう見ても「そういう人」にしか見えなくて恐ろしい。やってることはユルユルだし隙もありそうな気がするけど、顔の圧だけでこちらを追い込んでくる感じ。
良く考えたらあんな船で奴隷の管理をしながら航海生活している境遇って、いくらお金は儲かったとしてもかなりハード。
彼の発言を聞く感じだと元々奴隷的な待遇から成り上がって今の地位を得た感じと想像してしまうし、ある意味主人公の未来の姿でもある気がした。
だから彼を殺して船を乗っ取る主人公もまた人でなしの世界へ突き進んでいくのかと思ったら、故郷の家族を一目見た後どこかに歩いていくというかなり開かれた解釈が出来るエンディングになっているのが独特な味わいの作品と思う。
僕は人を殺した人が普通の人として生きていくのは出来ない気がするし彼の地獄はここから始まっていくんじゃないか?とも思えるしそれでも誰にも支配されない人生が始まるという意味でハッピーエンドにも映るし、不思議な余韻が残る終わり方。
しかし他所の国から出稼ぎにきた外国人を奴隷同等な労働環境でこき使うって、全然日本も人の事言えないし、縮図的にしているだけで遠い場所のお話とも言えないのがとても嫌な気持ちなる映画だった。