君が世界のはじまりの感想(ネタバレあり)
MOVIX京都で鑑賞。コロナが怖くて商店街には近づきたくなかったので約半年ぶり。この時期でもロビーにはかなりお客さんいたけど、僕が今作を観た回はかなり少なめだった
「アルプススタンドのはしの方」や「#ハンド全力」など良質な青春映画が7月、8月に重なっていて全然追い切れていないのだけど個人的には今作が一番好きになった。
グイグイ引き込まれるストーリー
冒頭の殺人事件が常にサスペンス的に引っかかてくる前半、そして事件の顛末の後、夜のショッピングモールの中で若者たちのそれぞれの立場でのブレックファーストクラブ的な語り合いに切り替わり、最終的には観てるこちらまで巻き込む様なパワーを持った「がんばれ」という言葉。
自分でもなんでか分からないけどめちゃくちゃ心に刺さってしまい、観た後もずっと彼らの事を考えてしまう。
冒頭の父殺しの若者がいったい誰なのか?という疑問を抱えたまま、お話が続くのでかなりしょうもないやりとりを観ていてもずっと嫌な緊張感がある。
介護疲れで今にも爆発しそうな業平や、義母との関係に溺れる伊尾や、母親を奪われたと憎んでいる純、父親との関係に苦しんでいるキャラクターがいて、彼らがちょっとしたはずみで「あっち側」にいってしまうのではないか?と、どこにでもいる若者だからこそずっと不安な気持ちで観てしまう。
でも犯人が彼らの知らない高校生と明らかになり、深夜のショッピングモールの中で、自分の苦悩と重ねながら「あっち側」も「こっち側」も境界線などないし、何なら映画を観ているこちら側にむけ「彼らはあなたと何も変わらない」と優しく語りかけてくる様な結末に涙が止まらなかった。
そして自分でもビックリする位刺さった「人にやさしく」のライブシーン。
桐島のラストのゾンビとか、シングストリートの脳内PV映像とか、こういう青春映画の「実際は違うけど彼らの目にはこう見えている」というシーンに僕はかなり弱いのでもれなく泣いた。
不在の中心である殺人を犯してしまった彼に対しての「がんばれ」の言葉で鳥肌が立つ位感動してしまう。
ここは彼に伝えたい言葉という意味もあるけど、「私たちと同じあなたへ」という映画を観ているこちらにまで飛び越えてくる様な力を感じる素晴らしいシーンだと思った。
映画の終わり方も最高に好き。
泥水に青空が映った美しさと「世界のはじまりか!」という琴子のセリフの後に出るタイトルのカッコよさ。完璧な切れ味。
フード演出
フード演出が鬼の様に上手い。
お好み焼きを何度焼いて待っていても食べてもらえない純の父、それに対しホットプレートの上で一つになっている大きくてアツアツのお好み焼きを、初めて来た友達も招待してみんなでつつくように食べている縁の家族。
出てくる食べ物の食べ方で(または食べない事で)登場人物の関係性を描く力が凄い。
そして純に関しては、最初の方に友達がいなくなった後に孤独の中一人でぼりぼり食べていた「天かす」が彼女の家族の再生のきっかけの会話で再び出てくるのも見事。お好み焼きに天かすが入る事で家族の時間が再び動き出す。
しかし僕もお好み焼きはご飯と食べたい派なのでどこの家族もちゃんとセットになっていて安心した(何が?)。
ショッピングモール時代の終わり
これまでも地方都市の映画でショッピングモールという場所はよく使われていたけど、今作もとても重要な要素になっていた。
伊尾がセリフの中でも言ってたけど外の世界に行かなくても全てがあって困らない場所として出てくる。
かつてはショッピングモールが出来る事によって、小さい商店とかにお客が来なくなるみたいな描写を映画でよく見た気がするけど、今作ではそのショッピングモールですらもう終焉の時代が近づいているという新たな地方都市の変化を描いていて、僕はそこがとても面白いと思った。
そもそも人が居なくなっているからスタバがあっても潰れるという地域全体が弱っている感じ。
僕は自分の車を買ったばかりの時、運転自体が楽しくて何をするでもなく一人で関西中にドライブに行ってたのだけど、映画館もあるし駐車場も大きくて停めやすいし何より好きなだけ時間を潰せるのでよく知らない街のショッピングモール巡りをしていたことがある。
凄く人が居る所もあるのだけど、「ここ経営大丈夫かな、、、」と思うような所も実際結構あってそういう広いのに人が全然いない寂しさを思い出してしまった。明るい廃墟みたいな雰囲気というか。
この映画のモールは表面的にはそこまで廃れてはいないのだけど、子供からお年寄りまでフードコートでおしゃべりして憩いの場としても描いていただけに「ここがなくなったらこの人達はどうなってしまうんだろうか、、、」と、なんだか切ない気持ちになってしまった。
なんというか彼らというかここで生きている人たちの世界の終わりが近付いていくる様な感覚。
葛藤を抱えた登場人物たち
縁。
学年一の秀才だし、家族との関係も良好。一見一番満たされている様にも見えるのだけど琴子に好意をよせていている。
琴子や、琴子に対して好意を持つ人、琴子が好意を寄せる相手に対してジッと視線を送るシーンがどれも印象的。そういえば松本穂香さんは何かをじーっと見ている顔を映す映画が多い気がする。
これまである意味安全地帯で追いかけられる琴子をずっと見るだけだった彼女が追いかける立場になって言いたい事を言ってぶつかり合うラストシーンも素晴らしかった。
純と伊尾が夜のショッピングモールの駐車場で「不細工だな」と言って和解するシーン、バス停で初めて目を合わせて話が出来たと言うシーン、それに響き合う様に映画の最後に琴子の目をしっかり見て「綺麗やな」と言って笑うエンディングがとても感動的で美しい。
琴子
とにかく人との接し方が乱暴なのだけどどこまでも真っすぐ。登場早々寒い事にめちゃくちゃ苛立ちながら縁に八つ当たり気味に自転車の後ろに乗る所の太々しさで心が掴まれる。
この映画の中での中心人物の一人。「桐島、部活辞めるってよ」における桐島にも近い存在だと思う。
だから最後のショッピングモールシーンで彼女が「不在の中心」になっている。
彼女はもう一人の「不在の中心」である殺人を犯してしまった同級生がいる事に、全く精神的な揺らぎが無い人なので、そこにいないというのは必然的だと思った。
ただ一方でそこまで神々しい存在でもなく、とても親しみやすい一面も兼ね備えているのがなんとも奥深いキャラクターだと思う。
特に好きなのは業平君との初デートで失敗したと落ち込んでいる時の「全然楽しくなかった、緊張してお腹痛いし」と初恋の痛みが切実に伝わってくるし、板挟みの縁の立場にも胸が苦しなって観ながら泣いてしまった。
やっている事だけ見れば嫌な人になりそうだけど、演じる中田青渚さんの凄まじい体現力でとても魅力的に映る。
じゃりン子ちえ的なコテコテの破天荒大阪ガールにも見えるし、めちゃくちゃ色っぽく見える時もあって文字通り物語を引っ掻き回すパワーに満ち溢れていた。次何をやるのかずっと見ていたくなる感覚になる。
一番好きなのはたこやきをおじさんのおでこにぶん投げる所。僕の観た回誰も笑ってなかったけどあそこめちゃくちゃ面白くない?
デート失敗した琴子に対し「琴子ちゃん!おじさんが何とかしたる!」と言う無責任な酔っ払い具合。おでこめがけてたこ焼きを投げる琴子。「何するんや!」と言いつつ投げられたたこ焼きをモグモグ食べるおじさん。
個人的には今年ベストコメディシーン。大好き。
そこも無茶苦茶やってもなんだかんだやっぱり愛されてしまう琴子のキャラクターを表した素晴らしいシークエンスだと思う。
純
無意識に「気が狂いそう」と入力した時に、「人にやさしく」が流れだすテンポが良過ぎて、ここで「この映画好き!」ってなった。
ここまでストレートに人が音楽によって救われる瞬間を切り取っている映画って実はあんまりない気がする。
伊尾や友達といる時の人懐っこい雰囲気から、父親を目の前にした時の空気感の豹変ぶりが凄まじくてお腹痛くなる。
伊尾
あんだけ大人っぽいキャラクターなのに読んでいる本がラノベというのが、読書キャラクターとして新鮮。
外から来たからこそショッピングモールしか行き場所がない閉塞感と、愛する人がここでしか生きていけないという苦悩。殺人を犯してしまった同級生の存在にも傷ついている。
だけど、純の存在や夜のショッピングモールでの語り合いが救いになっていく様子にグッとくる。
岡田
「#ハンド全力」でも好演を見せていた甲斐翔真、今作も素晴らしかった。
もちろんイケメンなのだけど、一目見ただけで性格良さそう印象。
ラブレター貰ってお断りの返事を書くために縁に相談する訳だけど全く嫌みがない。
それでいて自分の手が届かないものがある事も重々分かっていて、琴子に対しての想いも報われる感じが全くしないけどそれでも楽しそう。
自分の不完全さも受け入れている完璧さ、縁と琴子の関係性が分かっていながら見守っている様な優しさ、この映画の中で一番大人な存在だかもしれない。
業平
岡田とは別のタイプだけどとても人の好さそうな雰囲気。演じる小室ぺいさんは演技初挑戦らしいけど、その不器用なしゃべり方や笑顔が何とも幸の薄そうな雰囲気で業平役にバッチリハマっていたと思う。
真っ先に殺人を犯してしまう青年は彼じゃないのか?と少し悲劇的な目線で物語を追いかけてしまうのだけど、ある意味同じ様な存在だからこそラストのエネルギッシュなライブシーンからの「がんばれ!」という言葉が彼の口から出る所にグッとくる。
ふくだももこ監督作品はこれまで一作も観れていなかったけどとても演出力が高いし、画作りのセンスがとても写真家っぽくてとても好きになった。
今後どんな映画を撮るのか楽しみだなぁ。