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玖磨問わず語り 第8話

話の先を知りたいヤムヤム

これから、ちぃちぃが来るんやね。
若かったころのちぃちぃはどないだったん?
きっとおばぁちゃん子やから、甘ったれに決まっとるなぁ、うひゃひゃ。

ほいでも、なんでおばちゃんはちぃちぃをナンリさんに預けるん?
ほいで、今ネコクス舎におるちゅうことは、おばあちゃんの願い通りになったってことなん?
ほいから、ちぃちぃは月ちゃんに会うとったってこと?
ちぃちぃは上納フード持ってきた?
ズズさん、なんかかっこええわ。
なぁなぁ、はよ、先を聞かせてぇな。

事務室隔離


12月、丸裸になった桜の木の間を北風が吹き抜けていくようになったある日、黄色いプラスチックのキャリーケースに入れられた茶白猫が桜舎にやって来たんだす。

鈴の付いた青い首輪、まだ子猫の面影を残した丸顔の猫さん。
真っ黒に見開いた瞳は警戒心でいっぱいだす。
「うーん、この様子だと、すぐにみんなと合流ってわけにはいかないようだから、ひとまず事務室に隔離しましょうかね」
普段、事務室の戸は全オープンで、オラたちは好きなときに事務室にも行き来できるんだす。
ところがこの日、ナンリさんは黄色いキャリーケースを事務室に運ぶと、リビングとの仕切り戸を閉めてしまったんだす。
 
 
「上納フード、楽しみにしてたのに……」
ミンさん、こころから残念そうに言っただすよ。
 

乙女チックアイドルのミンさん


事務室の向こう側で、なにやら音が聞こえるだす。
新入りさん、キャリーケースから出たらしいだすな。
うーうーうー、うぉー、うぉー、がるるる~
若いだけに、かなり元氣な唸り声だす。
ガタン、ガタガタ、ガタガタ、どっしゃーん。
あ、あの音は、新入りさん、力任せに押し入れの戸を開けただすな。
「はいはい、そこに入ったのね、オッケー、落ち着くまでそこにいたらいいわ。トイレ、お水はここに用意しときますよ。ワタシも今、いなくなるから安心して。おばあちゃんから聞いたと思うけど、今日からここが、あなたの新しいおうちです。まぁ、今、なにを言っても聞こえないよね、きっと。とにかく、無理せずあなたのペースで大丈夫。じゃ、ワタシはこの部屋からいなくなりますよ~」

改名「ちぃちぃ」



ナンリさんは微笑みを浮かべながら事務室から出てきただす。
「さっき来たチーちゃんはまだ若くて、ケージもストレスだろうから、しばらく事務室隔離で様子を見ましょう。まず新しい名前を決めようか。今回はおばぁちゃんが面会に来たときを考えて、あんまり変えない方がいいでしょうね」

「おばあちゃんは一人暮らしで、外猫だったオスのチーちゃんを家族にして暮らしていたんだけど、高齢でからだが弱ってしまい、この前いっしょにいらした娘さんご夫妻の家に行くことになったんですって。でもね、夫さんが猫アレルギーで、チーちゃんを引き取れなかったの。おばあちゃんはそれを氣に病んで、さらにいろんな症状が悪化したらしい。そこで娘さんが必死になってうちを探し当てて、この前の下見になったのね」

「さて、元のチーちゃんを大きく変えない名前、なまえ……。ちーすけ? チー太郎? ちーお? 地井武男のちいたけ? どうも今一つピンと来ないわ~。いつもはすぐに閃くのに、今回は生みの苦しみだわ」
それでもナンリさんの独り言が止まったとき、新しい名前はちぃちぃになっただす。
 

 引きこもりちぃちぃ


「夕べのうちに、押し入れのさらに奥に入り込んだのね。でも、ごはんはきれいに平らげているし、お水も減ってるし、トイレもちゃんと使ってるからノープロブレム。オッケー、このままそっとしておきましょう」
翌朝、事務所から出てきたナンリさんは笑っていただす。
 
「チーちゃん、これから『ちぃちぃ』と呼ぶので、少しずつ慣れて行ってね。押し入れに飽きたら出てくればいいし、無理やり引っ張り出すなんてことはしないから安心して。あ、新しいごはんとお水はここに置きますよ。トイレも我慢しないでね」
日中、スタッフさんたちが事務所で働いている間は、ちぃちぃさん、じっと息を殺しているみたいだした。
真夜中になると、戸の向こうから、ガサゴソ、ガサゴソ、動き出す氣配がし始めるんだす。
オラ、全身を耳にして、その動きを思い描いていただす。
最初は遠慮しいしいだったのが、日に日に大胆になっていくのが面白かっただすな。
そりゃそうだす、ちぃちぃさんはまだ子猫といってもいいくらいの若さなんだすから。

 
「ちぃちぃ、おはよ」
「カァーッ、シャー―!」
「お、元氣、よか、よか。シャー、フゥー言って、エネルギー発散してね~」
「カァーッ、シャー―!」
 
 スタッフさんたちは、ちぃちぃさんの威嚇迫力にビビることもあっただす。
「ナンリさんは怖くないですか?」
「ちぃちぃは自分自身が怖くて唸ってるのね。アレは威嚇じゃなくて、『お願いだから近寄らないで~』という悲鳴なんだと思う。シッティング経験から言うと、ちぃちぃみたいに触らせてくれない猫は、体力もあって健康なのよ。つまりヒトの手を必要としてしない状態。だから、放っておいて大丈夫なの。反対にヒトの助けを必要とする猫は、自分からヒトに寄って来る。ちぃちぃの場合、氣長に待ってれば、そのうち自分から出てくるはず」
「そういうもんですか、はぁ」
 

精悍なズズさん

晩酌作戦

「ちぃちぃったら、今朝押し入れを開けたら、毒蛇みたいにペッ!って唾吐きかけてきたのよ、アハハ。まぁ、あれだけ元氣なら心配ないけど、そろそろワタシのほうが待てなくなっちゃったわ。今夜からちょっとした作戦を実施してみようかしら」
そう言ったナンリさん、その晩、晩酌セットを持って、事務室に入っていったんだす。
 
 
「さぁて、今日も一日、よく頑張ったワタシ。美味しいものを食べながら、ゆっくり飲みますかね~」
 戸の向こうから、ナンリさんの声が聞こえるだす。
「あら、押し入れからだれか覗いているみたい。出てきたらこのお刺身をちょっと分けてもいいけど……。あぁ、美味しい、早く来ないと食べ終わっちゃう~」

 これは、ひょっとしておびき寄せ作戦だすか?

「ふふっ、だいぶ近くまで来ましたね。怖い顔してるけど、お口の中はよだれじゅるる~じゃないのぉ? ん~ん? どう、これ、美味しいよ、食べる? ここまで来たら? もうちょっと、もうちょい……」
シャーッは聞こえてこないだす。
 

晩酌作戦2日目 


次の晩、またしても晩酌タイム。
ちぃちぃさん、たまらずに動いたようだす。
「およ、だれかさんのお手てがお盆に伸びてますよ、ふふふ、記念すべき第1歩を祝して、はい、どうぞ、召し上がれ~」
 ナンリさんの声が弾んでいるだす。

「あー、そんなに急いで食べなくても、だれもとらないから、ゆっくりお食べなさいな。はい、もうひとつ、どうぞ」
 ちぃちぃさん、作戦にハマっただすな。
そろそろ押し入れは卒業してもいいころだすし。
 
その次の晩。
「あら、ちぃちぃ、今夜はもう机の上に乗ってるの? 大躍進ね。こうやって近くで見ると、シャーフゥー言わない君は、ジャニーズに入れそうなルックスじゃないの? なるほどねぇ、ちぃちぃ、可愛い~ヒューヒュー」

ちぃちぃさん、今夜も怒らないだすな。
しかし、今夜のナンリさんはテンション高めだすなぁ。

「うふふ~、猫は『可愛い』という言葉を聞き逃さないもんだよね~」
「ちぃちぃは可愛いよ。可愛いったら可愛いよぉ、だれが何と言っても可愛いよ、ヒューヒュー」

ナンリさん、ナンリさん、ダイジョブだすか?
でも、相変わらずちぃちぃさんのシャーフゥは聞こえて来なかったんだすよ。

 

「ところで、あーた、押し入れは快適なの? いえ、ちょっと訊いてみただけれすよ。お若いのに、1日中、押し入れで退屈しないんれすか? あ、余計なお世話れすね、失礼ひました。あ、コレ? コレも食べてみます? これはねぇ、鯛れす、鯛。ズズさんの大好物の鯛れすよ、どう、おいひい?」
オラの横で、お刺身グルメのズズさんがピクッと反応しただす。
 
「あら、ああたは鯛はそんなにお好きじゃない? あ、なるほど、お刺身より焼き魚がいいと、そういうことれすね。ほいで、昨日ものすごい勢いで食べてたカツオ節とイリコ、あれね、そうか、ああたは乾きもの系が好きなんれすね。ちぃちぃはカツオ節とイリコが好き好き、と。よーく覚えておくれすよ」

この晩のことを思い出すのは、それから5年後のことだす。
ちぃちぃが東京から和歌山に移った直後に起こった事件。
オラが話し忘れたら、ヤムヤムさん、「イリコはどうなった?」と聞いてくだせぇよ。

まぁ、こんなふうにちぃちぃさんは、押し入れから出てくるようになっていったんだす。

今夜はなにかな?

続く

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