玖磨問わず語り 第2話
ヤムヤム2日目
玖磨じぃちゃん、そんなことがあったんやねぇ。
玖磨じぃちゃんと別れたユズコさんはどうなったやろ?
聞きたくてたまらんかったけど、なんや聞いたらあかんような氣ぃもして、黙っとった。
ヨコハマ、マンション、さくらねこ、キャリーケース、わーの知らないことばかりやった。
ほいでも、いつの間にか眠ってしもうたらしく、目ぇが覚めたら朝やった。
『おはようさん。あら、ちゃんとトイレを使ってエライ、エライ。盛大に砂カキしたですね、ふふふ。お水もよく飲みました。はい、ケージから出てください。さ、新鮮な空氣を入れましょ』
ナンリさんが窓を開けると、部屋の中にキンモクセイの香りが流れてきた。
わーはケージから飛び出て、みんなと合流したんや。
みんなはわーがいてもなんも氣にならんゆう感じで、ナンリさんのまわりでわちゃわちゃ「腹へった」コールをしとる。
ふーん、あんなふうにゆうたらええんか。
ハラヘッタ、ハラヘッタ、ハラヘッタッタラハラヘッタ~♪
『はい、はい、お待たせ、朝ごはんです。サイレン君はまた、ここに入って食べてね。みんなが食べ終わったら出してあげるから』
わーはもう迷うことはなかったんよ。
『でも、いまさらサイレン君もないわ。だいたい家に入れた時点でサイレンボイス出してないもの。そろそろ名前考えるかな~』
ナンリさんは独り言を言いながら、あっちゃこっちゃ動きまわっとる。
そんなふうに2日目が始まったんよ。
ほいで、ついでにゆうとくと、わーはケージに入るのは嫌やなかった。
ごはんがあるし、温い寝床もある。
それに夜、玖磨じぃちゃんの話の続きを聞くのんが楽しみやった。
玖磨じぃちゃん、続きを話してぇな。
東京桜舎
新しい環境
横浜から東京へ1時間、電車を乗り継いで到着したマンションで、オラはキャリーケースから出ただす。
『モモさん、ここが今日からあなたのおうちになる桜舎です』
目に飛び込んできたのは、窓いっぱいの桜の花だした。
桜のピンクとまぶしい日の光。
オラ、その瞬間ユズコさんのことを忘れただすよ。
『きれいでしょう? 今がこの部屋の最大の見せ場なのよ。このタイミングで来たあなたはきっと猫の神様から祝福されているんだわね』
オラを連れてきたヒト、ナンリさんはそう言って窓の桜を眺めただす。
ユズコさんが選んだヒト……。
桜の花の次に、オラの目に映ったのは先住猫さんたちだした。
モンさん、トンさん姉妹、ズズさん、ミンさんの雄の白黒コンビ。
皆さん、威嚇も接近もなくオラのことを静かに見てただすよ。
「今まで毎日外に出ていて、トイレも外で済ませていたので、室内のみになったときのモモコが心配です」
ユズコさんは、ナンリさんにそう言っていた。
たしかにこの部屋では、桜の花を間近に見れるけれど桜の木には登れない。
それより問題は、ユズコさんとオラのふたりきりの暮らしではなくなったことだす。
ナンリさん以外にスタッフさんがいただすよ。
「うぁー、新入りちゃんですか? 大きな黒猫、かーわーいーい~」
「オスなのにモモコ? モモコよりカールおじさんって感じじゃないですか、にゃはは」
「大きいけど、おとなしいですね。え、大暴れしたんですか?」
オラ、机の下で固まっているしかなかっただすよ。
とにかく、ユズコさんを心配させないようにせにゃ。
それだけを考えてただす。
上納フード
スタッフさんたちが帰って、ナンリさんと猫5匹になったその夜。
オラがみんなから離れた場所で、ごはんを食べていると、ミンさんがするすると近寄ってきたんだす。
「あのね、そのごはん、アタシにちょっと食べさせてくれないかしら」
「へッ? お、オラのをだすか?」
それは、オラがいつも食べているドライフードで、ユズコさんが持たせてくれたものだした。
「そう、あなたが食べてるの美味しそう。アタシ、それ味見したいんだけど、ダメかしら?」
ミンさんは、たしか雄のはずだすが……?
頭の中に「はてな」が浮かんだんだすが、オラ、ミンさんの一途なキラキラした瞳に応えたくなったんだす。
「い、いいだすよ、オラ、今夜はあんまり食欲がないだすから」
「そぉお? 悪いわね、じゃ、遠慮なくいただくわ」
そう言うと、ミンさんはオラの皿からカリポリ、カリポリと、いい音をさせて食べ始めたんだす。
その音の響きと言ったら……。
オラがどんなに頑張っても、あんないい音は出せないだす。
『あら、ミンちゃん、さっそく上納フードをせしめたのね、さっすが早いわねぇ』
上納フード?
オラのごはんのことだすか?
『ミンちゃんはね、新入り猫さんが持ってくるフードが好きなのよ。ここではそれを上納フードって呼んでるの』
ナンリさん、ニヤニヤしながら教えてくれただす。
「ごちそうさま、味の濃いカリカリもたまにはいいわね」
「そ、そうだすか、よかったらまた食べてくだせぇ、み、ミンさん?」
「そぉお? ありがと、大きな黒猫さん。あ、それから、アタシのことは、ただのミンって呼んでね」
そう言うとミンさんは、ズズさんが入っているバスケットのほうに行ってしまっただす。
ズズさんとミンさん、おそろいの白黒模様。
仲良し白黒コンビだすな。
トンさんとモンさん姉妹は、オラの存在など氣にも留めないようだした。
その晩も、それ以降もそれは変わらなかっただす。
でも、オラとしてはこんなふうに放っておかれるのがありがたかったんだすよ。
桜舎最初の夜
『お風呂が沸きました♪』
突然の声に、オラのからだはビクンと跳ね上がってしまっただす。
『あら、ビックリさせちゃった? あれは機械の声、お風呂ができたことを知らせてくれたのよ。それにしても、今のはびっくり箱みたいにぴょーーんって、ククククッ」
その晩、ナンリさんはいつまでも笑い転げていただす。
オラが飛び上がったのが、そ、そんなにおかしいだすか?
に、二度とびっくりしないだすからね、オラ。
その晩、みんなが寝静まってから、オラはそろーりと部屋を見て回っただす。
一番肝心なのは、猫トイレの場所だした。
外に出られないなら、オラがここを使うのは1日1回だす。
なにしろユズコさんを心配させてはならないだすからな。
窓の外は満開の桜、夜になっても窓はほの明るいんだす。
「桜の時期はブラインドを閉めないの」
そう言うナンリさんの氣持ちがオラもよく分かっただす。
こんなに近くで桜の花を見たことがなかっただすなぁ。
その氣になれば、桜の枝に飛び移れそうだす。
花の間から、少し欠けたお月様。
ユズコさん、オラ、今桜舎にいるだすよ。
ユズコさんもこのお月様を見てるだすか?
続く