めざせ、ワカメ長者 糸島ショローの今日もお散歩日和
今日もワカメ日和
スジョン先生、今日はいらっしゃるかしら?
福吉海岸に向かうワタシは、まるで中学時代体育館に男子バスケ部の練習を覗きに行くような心境だった。
お会いできなくてもワカメは採って帰ろう。
なんならツキミソウの花を摘み始めてもいい。
海岸に降りる石段から、浜辺で親子連れが写真を撮っていた。
お母さんに抱っこされた赤ちゃん、カメラを構えたお父さん。
「こんにちは、あら、赤ちゃん、ご機嫌さんですね」
お母さんもニッコニッコである。
「わぁ~、ぷくぷくほっぺだ。触らせてもらっていいですか?」
「ええ、どうぞ」
右手人差し指でそっと、赤ちゃんのほっぺに触れると、弾力のある瑞々しさ。桃のような産毛、ぷくぷく、ぷっくぷくなほっぺ。
「ありがとうございます」
思わず言ったら、その瞬間赤ちゃんがニコッと笑った。
カミか!
ご両親はこの笑顔で、なんでもできるのだな、と。
ショローはもっと赤ちゃんや子どもたちと触れ合うべきだわ~。
そう思いながら、浜辺を歩いていくと、今日もワカメが波打ち際に打ち上げられている。
おおー、今日も大漁だ、いひひ。
さっそく柔らかそうなワカメ株をビニール袋に放り込んでいく。
あっという間にずっしりと重くなる袋。
押し寄せる波の中に、黒々としたワカメの森が揺蕩っていた。
おおー、1年分のワカメ~。
ざっぱーん、ざっぱーん、採ろうとすると波が襲ってくる。
すぐそこなのにぃ……。
乾燥ワカメ作りの楽しさに目覚めてしまった昨日、そして強欲さが鎌首をもたげるワカメ2日目。
スジョン先生との再会
ワカメを拾いながら歩を進めていくと、行く手に2人の人影があった。
ひとりは竿を海に向けて釣りをしている。移住半年、この海岸において釣りをする人を初めて見た。なにが釣れるのだろう?
そして、もうひとり。
そのひとりは、もしや?
すると、逆光の中のその人影が片手を上げたのだ。
ワタシに?
スジョン先生!
ワタシも片手を上げて振りに振った。
「こんッ、にッ、ちッはーー」
「こんにちは、またお会いできましたね」
スジョン先生、今日も裸足だ。
モスグリーン地に白い小花模様のブラウスと白いワンピース、手にはパッチワークの布製バッグ。
「昨日のワカメ、柔らかくて美味しかったですね」
「ワタシは乾燥ワカメにしました。あ、コレ、写真があります」
「あら、ホント。今日もたくさん流れ着いてますね」
「ええ、もうこんなに集めました。今日も乾燥ワカメ作ろうと思って」
「あっち側にいいのがありますよ、行きましょう」
ビニール袋いっぱいになるまで漂着ワカメを集めると、
「岩場で砂を洗い流したほうがいいでしょう。ここの砂はキメが細かいので台所で洗うと流しがつまっちゃいますから」
「たしかに、昨日も大変でした。今日は外の水道を使うことにします」
「あ、コレは硬いですよ。食べられないことないけど、他に柔らかいのがたくさんあるから、そっちにしたら」
「わかりました、この手はNGですね。代わりにこっちの柔らかそうなのを、と」
ビニール袋の中のワカメ選別作業をし、岩場でワカメの砂落とし作業にかかるワタシ。ひたすら無心で、押しては返す波間でワカメをシャブシャブする。
無性にたのすぃ、なんだろう、この充実感は。
スジョン先生とLINEでつながる
「珈琲持ってきたので飲みましょう」
スジョン先生が手提げ袋から小さな魔法瓶を取り出した。
おおーっ、紙コップも2つある!
なんと、なんと。
「ありがとうございます、じゃあの流木ベンチで」
「今朝淹れた珈琲、ちょっと薄かったわね、ごめんなさい」
「いえいえ、とんでもない、美味しいです」
流木ベンチでふたり、今日も海の宝物についての話で盛り上がる。
「ダイオウイカが流れ着くこともあるのよ。荒波で息ができなくなるらしいわ」
「へぇ、イカも溺れるんですね」
「ここはアサリもいます。見つけた瞬間、サッと姿を消してしまう」
「アサリは『見られた』ってわかるんでしょうか?」
「そうねぇ、不思議よね」
「あの、お名前をお聞きしても?」
「ええ、ミチヨです」
「ミチヨさん、ワタシ、ナンリです。えっと、もしよければLINE登録しても?」
「ええ、そうしましょ」
物事が始まるとき、決まるときというのはいつもこんなふうに進む。
2日目にしてLINE仲間となったふたり。
「週末、向こう側に見える松林のほうに遠征しませんか?」
「ええ、面白そうね、行きましょう」
ワクワク、ワクワク。
めざせ、ワカメ長者
「昨日、別れた後、お姿がかき消えたのでお会いしたのが夢だったかと思いました」
「あぁ、それは、うちのマンションにつながる道に入ったからですね」
スジョン先生は人魚ではなかったのだ。
韓ドラ『青い海の伝説』の見過ぎか、ジブン?
だがやっぱり今日もなぜか浮世離れした雰囲氣のスジョン先生、いやミチヨさん。
「あのワカメの森を攻略するには長靴が必要です。裸足だと貝殻で足を切ってしまう」
「了解です、明日はワタシ、長靴、バケツ持参で来ます」
「うふ、ワカメ長者になるつもりですね」
「乾燥ワカメを『福ふくの里』に卸すようになるかもしれませんよ。この前、茎ワカメが200円でしたもん。あれ、買うことなかったんだなぁと思うと、ちょっと悔しいです」
「目指せ、ワカメ長者」
「長者にならなくても全然いいですけど、こういうことをやること自体がめっちゃ楽しいですよね」
「そうですよね、毎日海辺を歩くだけで楽しい」
「ホントですねぇ、また明日もよろしくお願いします」
新鮮ワカメを梅酢で食す
帰宅後、庭で一晩水につけておいたワカメを大鍋で茹でる。
そういや、まだ食べてなかった。
ミチヨさんは「おいしくてぺろりと食べてしまった」とおしゃっていた。
よし、今朝は小さめワカメを食べてみよう。
キレイな緑色になったワカメに、ザックザック包丁を入れ、梅干しの果肉、千鳥酢、醤油を入れたボウルに投入し、シャコシャコと混ぜ合わせる。
どれ、どれ?
おっ、柔らか。
かすかに海の香り。
いやん、おいぢい~。
アッという間に小ボウル1杯平らげてしまった。
うむむ、これはヤバい。
今日は2回、3回海に行かねばならんかも。
旬のものを旬のうちに、が一等うまいのは言うまでもない。
でもって、ワカメはまさに今が旬。
くぅー、なんちゅうタイミングでミチヨさんに出会ってしまったのか。
こと、食いもんに関してのオノレの強運にこころから感謝する。
おがーぢゃん、食いもんに困らない子に産んでくれてありがとう。
余計なおせっかいだが、海辺で会ったあのぷくぷく赤ちゃんが生涯食べ物に困らないことを祈ろう。
美味しいものを食べると、寛容なニンゲンになれるような氣がする。
まぁ、氣のせいだと思うが、ハハハ。
ってことで、今日もワカメ日和。
みなさんもご機嫌元氣な、よき1日を。
続く
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