玖磨問わず語り 第10話
人見知りヤムヤム
ほーか、ちぃちぃは人見知りやなかったんやね。
わー、知らんヒトが来ると、反射的に隠れてしまうんやわ。
かぁやんは「用心しすぎることはないんよ」と、ようゆうとった。
ほんなのに、ネコクス舎に入ったのは不思議やなと思うとったんやけど、玖磨じぃちゃんの話聞ぃとったら、なんとのぉわかるような氣ぃがしてきた。
東京で留守番する猫の手伝いをしとったナンリさん、スタッフさん。
そいから、生涯保障で引き受けた猫。
わーも、ここにいたら、ヒトが苦手やなくなるかいな?
ちぃちぃは、よぉくナンリさんの膝に乗っとるやろ?
ほんでナンリさんはちぃちぃが膝に乗ると腰パンしとる。
ちぃちぃもナンリさんも、それが当たり前みたいなんや。
なんか、あぁゆうのん、ええな。
ほんでも、ちぃちぃ、初めてのヒトの膝にも乗るんよね。
ほんで、みんな、
「人たらしな猫ちゃん」とかゆうて、デレデレした顔になっとるの。
ようやるわ~
押し入れに引きこもったって、ホンマなん?
あ、そういえば今思い出した!
わーも最初のとき、ナンリさんに
「コレ、好きでしょ?」って、腰パンされたわ~。
あのヒト、猫を見ただけでわかるんかいな?
あ、そっか、キャットシッターやったね、あのヒト。
そやそや、ちぃちぃが腰パンでリビングデビューしてから、どうなったん?
腰パンブラザーズ
あの日以来、ちぃちぃさんとオラは「腰パンブラザーズ」と呼ばれるようになったんだす。
お客様が来ると、オラたちはお客様の両脇にスタンバイするんだす。
「お、猫ちゃんに挟まれましたが、こ、これは?」
「桜舎猫たちからの歓迎サインです。この2匹は『腰パン、プリーズ』って言ってます。両手のひらで、2匹の腰あたりを、軽くトントンしてあげてもらえます?」
「こ、こうでしょうか?」
パンパン、パンパン、パンパン。
初めてのヒトは、恐る恐るパンパンするんだす。
リズムもスピードもないんだす。
オラが「そうゆうもんだ」と思っとると、ちぃちぃさんは違うんだすよ。
パンパンしてるヒトの顔を見て、
「もっと早く、テンポよく!」
ってゆうんだすよ。
「はっ? なんか、こちらの茶色の猫ちゃんににらまれているんですけど?」
「あぁ、もう少しリズミカルに素早くやってほしいそうです。パンパンではなく、タンッタンッって軽く、テンポよく」
「えーと、タンタンッ、タンタンッ、こうですか?」
「はい、とてもお上手です。ほら、2匹のしっぽが上がってきました。満足しています、いい感じですよ」
「そ、そうですか、よかった~」
やがて「腰パンブラザーズ」は「ダブル腰パン」とも呼ばれるようになっただす。特に、猫セミナー参加者の間で大人氣となったんだすよ。
そうなんだす、ちぃちぃさんは押し入れを卒業しただけでなく、一氣に
セミナーのアイドルになったんだす。
膝乗りちぃちぃ
前にも言ったように、初めてセミナーに参加するヒトは少し緊張しているんだす。
そこで、オラたちの出番だす。
「あ、これが、あの腰パンブラザーズ? わぁ~、かんげき~」
オラたちを見て、触って、思わず笑顔になるヒトたち。
初対面同士でも自然と会話が生まれるようだした。
こうして、桜舎が和やかな空氣に満ちたころ、セミナーが始まるんだす。
「えっと、こっちがちぃちぃちゃん、ですよね? ちぃちぃちゃん、いつもブログで見てます。え? 私も腰パンやっていいの? ちょっとドキドキしますぅ」
「あ、玖磨ちゃん、こんにちは、おっきいですね。ツヤツヤヘアですねぇ」
セミナー参加のみなさんの共通の話題がオラたちだったんだす。
ズズさんとミンさん、それから月子さんは寝室で寝ていたので、もっぱらちぃちぃさんとオラがセミナー担当だしたな。
ちぃちぃさんはやることができて、それは張り切っていただすよ。
やがて、歓迎の腰パンにとどまらずに、膝乗りを始めたちぃちぃさん。
「うちの子は膝に乗ってくれないのに、ちぃちゃんは優しいのねぇ」
「ちぃちぃちゃん、ブリンブリンボディですね。何食べてるんですか?」
「ちぃちゃんが膝にいてくれると、あったかくて猫タンポみたい」
「ちぃちぃ、私の膝にも来て、来て」
「あら、もう行っちゃうの、寂しい」
そんな声が飛び交う中、ちぃちぃさんは皆さんの膝を渡り歩いたんだすよ。
「猫の學校」セミナーは1日6時間の授業だした。
土日の2日間で計12時間、いつも満員の人氣セミナーだす。
ここで、ちぃちぃさんは朝10時から夕方6時までずっと誰かの膝に乗っていたんだす。
これが、いつしか「ちぃちぃの膝渡り」とも呼ばれるようになったんだす。
ナンリさんに頼まれたわけではない。
ちぃちぃさんが自らやっていたんだす。
オラたちみんな、そのうちに止めるだろうと思っていただすよ。
ところが予想に反して。ちぃちぃさんは膝乗りを止めなかったんだす。
もれなく全員の膝に乗るちぃちぃさん。
ちぃちぃさんに長居されたヒトは、もう満面の笑みだす。
猫好きさんには最高のサービスだすな。
そしてまた不思議とちぃちぃさんは決してナンリさんの膝には乗らなかったんだす
乗るのは生徒さんの膝だけ。
どうやら、そこには彼なりのルールがあるようだした。
オラだすか?
オラは、アレなんで……、膝乗りはできないだす。
いえ、うらやましいとか、そんなふうに思ったことはないだすよ。
ちぃさんはちぃさん、オラはオラだすから。
オラは、ウエルカムの腰パンが終わると、昼休みまで休憩してただす。
ちぃちぃさんは若くて、体力もあったし、そうだすな、押し入れの反動もあったのかもしれんだすな、とにかく休まず、ずっと膝渡りをしてただすよ。
セミナーが終わって、だれもいなくなると、ちぃちぃさんは昏々と眠っていただすよ。
「ちぃちぃ、押し入れから出た途端、サービスし過ぎでしょ。皆さん、大喜びで、ワタシも大いに助かってるけど、燃え尽き症候群にならないようにね」
でも、ちぃちぃさんは氣負うこともなく、ごく自然だしたな。
ひょっとすると、桜舎での居場所を探していたかもしれないだす。
すでに、あのころ、なにか予感があったんだすかな?
まぁ、ホントのところはだれにも分からないだすが……。
ちぃちぃさんがこんなふうに、桜舎に溶け込んでいく過程で月子さんが旅立ったんだす。
そして、静かにもうひとつの別れが進行していたんだす。
続く