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初めてのnote投稿は、【「いいお医者さん」「いい病院」とは?】でした。
私は在宅療養支援診療所の院長ですので、在宅医療の質や満足度といったことに関心があります。
しかし、どうも私には、いつも在宅医療の質の議論は空回りしているというか、同じ土俵でみんなが話し合えない状態が続いているような気がしてなりません。

【関西の「夜診」と在宅医療】


関西の開業医には、古くから「夜診」を行っているところがたくさんあり、現在もその文化は広く残っているのを、関西以外の方はご存じでしょうか。

私は、昭和50年に、2代続く和歌山の開業内科医の長男として生まれました。
自宅の一部が診療所になっていたので、子どもの頃から「医師」と言えば父親の姿がまず目に浮かぶ環境で育ってきました。

私の父の診療所では、午前9時〜午後1時が「午前診」の受付、昼休憩を挟んで、午後5時〜午後7時が「夜診」の受付、という形でした。
私はずっと、日本全国、開業医のほとんどがこの形態で診療しているものと思い込んでいたのですが、どうやら地域差がかなりあるようです。

「夜診」を行う開業医では、長い昼休憩が存在し、私の父を含むベテラン開業医の先生方は昔から、昼休憩を利用して日常的に往診を行っていたのでした。

私の父も40年前から、「午前診」が終わると、ササッと昼ご飯を食べ、そのまま車に往診カバンを詰め込んで、毎日のように通院困難な患者さんのお宅を回っていました。

当然、この頃には「在宅医療」や「介護保険」などという言葉は存在せず、「訪問看護ステーション」もありません。

往診は開業医の善意で成り立っていた時代です。

そういった往診を受ける患者さんと開業医との結びつきは強く、夜間に何か急なことが起きた場合には、電話に飛び起きて往診に駆けつける父の姿が、私にとっての医師像としてすり込まれていったように思うのです。

時が過ぎ、私は開業医の長男という立場でありながら、内科ではなく小児科、それも新生児科へと進むことになりました。
その中で「小児在宅医療」と出会い、2年間の研修を経た後、平成24年に現在の在宅医療特化型の在宅療養支援診療所(以下:在支診)を開業したのです。

この時私は37歳、父は68歳。
父は開業時からの診療スタイルを崩さず、昼休憩時間の往診を相変わらず実施していました。

しかし、制度は大きく変わっていました。私が子どもの頃には開業医の善意で成り立っており、診療報酬上の評価が全くなかった往診でしたが、この時には「在宅医療」という形で高額な点数が設定され、多くのベテラン開業医の先生が「在支診」の認可を受けて往診(あるいは訪問診療)をするようになっていたのです。

私の存じているあるベテラン開業医の先生は、在支診の認可を受けた当時を振り返って、
「20年以上ボランティアでやってきたことがやっと認められた気分だった」
と言われたことがありました。

まさに、実践してきたことに制度が追いついたという形だったのだと思います。

ですから、関西は他の地域に比べ、外来の合間に往診(訪問診療)を行うミックス型の在支診が非常に多いという特徴があります。

【新生児科医として触れた在宅医療】


一方で、37歳で開業した私にとって、「在宅医療」はすでに制度として存在している状態であり、しかもその入り口は「小児在宅医療」でした。

「小児在宅医療」の議論が盛んになったスタート地点は、NICU(新生児集中治療室)長期入院児問題です。

平成20年頃、世間では「妊婦たらい回し事件」として、妊婦の救急搬送先の病院が受け入れられないことが常態化していることが頻繁に報道されました。

その原因の一つとして、高度医療を要する子どもがNICUに長期入院しているために、新規の赤ちゃんを受け入れられず、妊婦の搬送を断らざるを得ないことが連日報道に出たのです。

そして、高度医療を要しながらも自宅に退院する子どもたちが増えることになります。

しかし、退院した子どもたちをサポートする体制はあまりに貧弱であり、その充実を図ることを目的に「小児在宅医療」についての議論が深まり、訪問看護などを中心に受け皿も徐々に増えていったのでした。

私は、その受け皿の一つになるべく、在支診の開設を決意しました。

在宅人工呼吸管理や在宅経管栄養、気管切開などの医療的ケアを要する子どもたちへの在宅でのサポートには、昔なら退院することすら難しいと思われていたような医療に対して自宅で対応することが求められます。

当然、急な対応を要することは多く、そのイメージは、父親のやっていたような、自宅で行う外来診療のような往診とはほど遠いものでした。

どちらかというと、入院診療で行うことをいかに安全に、かつ無理なく自宅で行えるかが課題です。

私にとって、「小児在宅医療」を本気でできる在支診を開設するためには、どうやって臨時対応の時間を捻出するかが最大の課題であるように感じました。

その実践のためには、父が古くからやっていたような、昼休憩の時間での往診というスタイルにはどうやっても結びつかず、外来診療をできるだけ絞った形を目指すことになったのです。

【「在宅医療」の3つの形】


私は、「在宅医療」には大きく分けて、3つのカテゴリーがあると考えています。

(1)外来診療の出前
(2)入院診療の在宅化
(3)軽症施設入所者への医療の提供

(1)は、父が古くから行っていた、自宅で行う外来診療と私がイメージしていた形です。

例えば、診療所に通っていた高齢者が転倒・骨折し、歩行が困難な状態になったため、診療所の医師が自宅に出向いて、それまでの持病を診療し、継続して薬を内服できるように処方するというものです。

こういった場合、患者さんのADLは低くても、病状的にはそれほど不安定ではないことが多いため、外来の合間の往診でも十分対応が可能です。

そして何より、患者さんにとって、それまで通院していた診療所の医師が自宅に来てくれるということは、大きな安心感につながりますし、医師にとっても、もともと人間関係がしっかりできている患者さんの診療を継続できるというやりがいがあります。

関西では、多くの開業医が何十年も前から実践してきたことで、それ以外の地域でも、「ミックス型在支診」の多くがこちらを得意としているのではないかと感じます。

一方で(2)は、私が「小児在宅医療」に対して感じたイメージです。

これまでなら入院でないと行えないと考えられていたような、人工呼吸管理、経管栄養、中心静脈栄養などの医療的ケア、あるいはがんターミナル患者さんへの緩和医療の提供、看取りなどについて、できるだけ入院しないで自宅でできるようにするというものです。

近年は、急性期の治療が終わるとなるべく退院してもらうという流れが強くなってきています。

そのため、上記のような医療的ケアを要する状態や、不安定な状態であっても、自宅で受け入れてくれ、ちょっとやそっとのことでは再入院しなくてすむようにフォローしてくれる医療機関への必要性がとても大きくなっているのです。

(1)の対象となる患者さんに比べると、入院診療をいかに在宅生活の中に落とし込むかというコツが求められること、また臨時往診の頻度が高く、一定の迅速な対応を求められることなどの特徴があります。

そのため、従来の「ミックス型在支診」の先生方での対応には限界があることも多く、「在宅医療特化型在支診」では主にこのような方の依頼が多いと感じます。

(3)は、上記の2つとは少し異なります。

高齢者が大勢入居する施設では、それらの方を医療機関に定期受診してもらうことが大変なため、医師が出向いて一斉に診療することが行われており、ながらく制度上はこれも(1)や(2)と同じ「在宅医療」という扱いになっていました。

しかし、一部を除き、こういった施設の入居者には比較的軽症の方が多く、本来であれば外来に通えるレベルの方も往診(訪問診療)の対象となってしまう問題がありました。

また、自宅への往診に比べると一斉に診療できるため、医師にとっては効率がよく、短時間で大勢の患者さんを診療できるというメリットがあり、これに目を付けた一部の医療機関は「悪徳施設専門在支診」となり、少ない労力で濡れ手で粟をもくろんでしまったのです。

もちろん、施設での診療は必要ではあり、それなりに労力を要することも存じていますが、もともとの診療報酬設定に問題があったことは否定できず、その後の診療報酬の改定により、このカテゴリーの診療報酬は大幅に削減されることとなりました。

【なぜ「在宅医療」の議論はかみ合わないのか】


冒頭で私は、在宅医療の議論は空回りし、同じ土俵で話し合えないことが多い印象があると書きました。

この理由には、上記のようなカテゴリーの存在が大きいのではないかと考えています。

主に関西で多いような形の「ミックス型在支診」の先生方にとっては、外来診療の延長線上にある(1)こそが在宅医療の理想型であり、その中で希望があれば高度医療や在宅看取りに対応することもままある、というスタンスでお話をされます。

しかし、「在宅特化型在支診」の先生方は、(2)のニーズを強く感じています

病院からの強い「退院圧力」をどうやって在宅で受け止め、再入院することをいかに減らし、高度医療に対して在宅での対応力をどうやって確保するか、ということが課題です。

そのためには外来に時間をできるだけ取られないようにして、臨時往診の機動力を確保し、また複数医師での当番制をとるなどの工夫をしないと、医師の身体がもちません

そして、「ミックス型在支診」のベテランの先生方からは、(2)を実際に行っている「在宅特化型在支診」に対しても、濡れ手で粟の時代に(3)を中心に行っていたような「悪徳施設専門在支診」と一緒にして批判をされることが多いように感じます。

確かにそういう医療機関が増えた時期があり、今もゼロとは言えないのかもしれませんが、これは古い知識に基づく偏見に近い考えだと思っています。

このように、一口に「在宅医療」と言っても、在支診ごとに診ている患者層、見ている世界があまりにも違いすぎるのです。

そして、在宅医療はややもすると「密室の医療」、すなわち他者の評価や指導が入らず、経験だけに基づいて行われ続けてしまう危険性をはらんでいます。

それだけに、自分たちとは異なる形態で行う診療に対して批判的になる先生が多く、議論が混沌としてしまう原因になっているのではないかという印象を持っています。

さらに見えにくい現状として、私が連携している病院のMSWやケアマネジャーの多くは、どの医療機関が(1)が得意で、どの医療機関は(2)が得意・・などというデータを独自で持っておられます

自分が担当しているケースについて、「この患者さんはもともとA診療所がかかりつけだから、退院後は継続して診てもらおう」とか、「この患者さんの状態だと、このエリアではBクリニックだけしか対応が難しいな」とか、そういう割り振りをして在宅医療の依頼をされています。

ということは、在宅医療はすでに、在支診に患者さんが紹介されてくる入り口の段階で、紹介いただく患者さんの状態にバイアスがかかっているわけです。
ですから、在支診ごとの見ている世界の断絶はどんどん増すばかりになってしまいます。

【みんな違ってみんないい】


「質の高い在宅医療のためにはミックス型では無理だ」
という先生もおられますし、
「外来主治医の延長線上に至上の在宅医療はあるのだ」
という先生もおられます。

しかし、父の「ミックス型在支診」を子ども時代につぶさに見て、自分自身は「在宅特化型在支診」の院長となった私の目からは、どちらが優れているという比較ではないように感じています

何度も繰り返しているように、見ている世界が違うため、評価軸が異なるのです。

すでに(1)と(2)の住み分けは行われている地域もありますし、今後はどんどん住み分けが進むことが必要でしょう。

状態が安定している患者さんにとって、かかりつけ医が継続して往診してくれる(1)の形態は大いに安心感を生みます
これはとても大切なことです。
関係性がしっかりしている中での診療ですから、多少往診対応に時間がかかったとしても、それも織り込んだ中での在宅医療が可能という側面もあります。

しかし、それが難しい時、(2)が必要になります

それまでのかかりつけ医とは異なる医師が診療することになったとしても、それで在宅生活が安定して維持できるのであれば、メリットの方が大きいのではないでしょうか。

医師の夜間休日当番制に否定的な意見もありますが、そもそも入院していたら夜間休日は当直医の対応なのですから、私は「入院診療の在宅化」においては次善の策として必要なものだと考えています。

「ミックス型在支診」と「在宅特化型在支診」、それぞれが得意分野で、それぞれが「質の高い」在宅医療を実践できる形になることこそが重要で、立場の違いからお互いの脚を引っ張り合っているような現状の議論から脱却する必要があると思うのですが、いかがでしょうか。

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