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移行期医療の理想と現実〜小児在宅医療の現場から見えること〜(2)

前回の記事では、
子どもから大人になる患者さんの移行の形には
1.完全に成人診療科に移行する
2.小児科と成人診療科の両方にかかる
3.小児科に継続して受診する

この3パターンがあることを前提に、発達などに問題が少なく、主に外来での治療を継続される方の一般的な課題について説明させていただきました。

一方で、重症心身障害児者の方など、入院を要する可能性の高い方の移行期医療については、なかなかうまくいかないケースも多い印象です。
今回は、この背景となっている課題について、小児在宅医療の現場で感じていることを中心に説明いたします。

【小児と成人の医療の根本的な違い】

まず前提として、小児科を中心に働いていると見えにくい、小児と成人の医療の根本的な違いについて説明したいと思います。
なお、医療リソースには地域差が大きく、今回の説明は主に都市部でのお話としてお考えください。

1)病診連携の形の違い

病院と開業医との連携関係が小児科と内科では大きく異なる、これは大きなポイントです。

まず、小児科の典型的な場合を見てみましょう。

日総研出版「小児在宅医療実践の手引き」より引用

子どもの多くには特に持病がないため、体調の悪い時にしか開業医を受診しません(予防接種などは除いてお考えください)。

この図のように、赤ちゃんが風邪をこじらせて肺炎になった場合を考えてみますと・・。
開業医は病院へ入院の依頼をして、病院で治療が行われ、状態が安定すると自宅へ退院することになります。
この退院の時点で赤ちゃんは持病のない元気な状態に戻っているので、その後に紹介もとの開業医へ長期間受診をし続ける、ということはあまりありません。

では、持病のある子どもはどうでしょうか・・。
例えば、尿検査で蛋白尿が見つかった子どもを開業医が病院へ紹介し、その後に腎臓病が判明して、入院して専門的な治療を受けたケースなどでは、多くの場合、入院した病院の外来でフォローアップが続きます。
そのため、入院が必要な時には同じ病院で入院が可能な場合が多いですよね。
フォローアップが開業医に移行して、それっきり持病で入院した病院の小児科と関係がなくなるケースは、小児科では結構まれなんです。

しかし、内科を受診する高齢者ではどうでしょうか。

日総研出版「小児在宅医療実践の手引き」より引用

成人、特に高齢者の場合には小児とは異なり、糖尿病や高血圧などの持病を診てもらっているかかりつけ医がいることが少なくありません。

まずここが、小児科との大きな違いです。
持病を持つ子どもの多くが病院の小児科でフォローされているのに比べて、持病を持つ高齢者の多くは開業医の内科でフォローされているのです。

ですから、この図のように、かかりつけ医が肺炎になった高齢者を病院に紹介して入院した場合、治療が終了して自宅へ退院すると、その後は持病の診療が必要で、また紹介もとのかかりつけ医へ定期的に通院するわけです。
(小児科でもかかりつけ医は大切ですが、「持病をずっと診療している」という点で、成人と小児でかかりつけ医の意味合いが少し異なります)

この構造的な違いについて、多くの小児科医が実感を持っていないように感じますし、それが移行期医療を語る際の障壁の一つではないかと思っています。

2)「小児科」と「内科」の意味の違い

「小児科」は文字通り「小児を診る科」で、外科的対応が不要な診療のほとんどをカバーすることが多い存在です。
子ども病院や大学病院などでは、「小児○○科」という形で専門分化している病院もありますが、ある程度の大きな規模の急性期病院でも、単一の「小児科」として標榜されていることがほとんどです。

それに対して、「内科」は一般的には「成人を診る科」で、小児科と同じく、外科的対応が不要な場合のほとんどをカバーしてはいます。
ただ、大きく小児科と異なるのは、ある程度の規模の急性期病院では多くの場合、「呼吸器内科」「循環器内科」「消化器内科」など専門に分かれているという点です。
そのため、疾患ごとに受診する科が異なり、小児科の医師が考えているほど専門の枠を超えた連携が密とは言えないことが多い、と言わざるを得ないと感じます。

よくあるのはこういうケースでの違いです。

てんかんでA病院の小児科に通っている子どもが、肺炎を起こしました。
この場合A病院では、小児科で普通に肺炎の入院治療を行いますよね?

ですが・・。
てんかんでB病院の神経内科に通っている成人の方が、肺炎を起こしました。
しかし、B病院では、肺炎の治療は神経内科ではなく呼吸器内科の守備範囲です。(病院により体制は異なります)
そこで、呼吸器内科に初診受付をして受診しようとしましたが、この日の呼吸器内科は予約がいっぱいで、過去に受診歴のないC病院を受診して入院することになりました。
・・というように、通っている病院の他の科でも入院できるのかというと、そうとは限らないのですよね・・。

3)病棟の看護体制の違い

これも小児科の先生方にはあまり知られていない気がするのですが・・。

小児科
の入院病床のある病院はほとんどが「急性期病院」で、いわゆる「7 : 1 看護」(患者さん7人を1人の看護師が看る)体制であることがほとんどです。
しかし、特に高度な専門医療を必要とするわけではない入院患者さんを受け入れる内科の病棟には、「10 : 1 看護」、「13 : 1 看護」など、看護師さんの配置が少ない病棟も少なからずあります。

看護配置の差は当然、対応できる患者さんの状態に関わってきます。
また、看護師さんの数が少ないと、数が多い病棟に比べてケアの綿密さがどうしても期待しづらくなります。

さらには、良い悪いの議論をするつもりはありませんが、手足の動かせる範囲の制限、ベッドへの抑制など、いわゆる身体拘束を安全対策として行うことに対して、小児科病棟と成人領域の病棟ではかなり意識の差があることも事実です。

こういった看護面での差が、小児科病棟の看護体制に慣れている子どもと保護者にとってハードルになってくることもないとは言えず・・。

【移行期医療の議論に感じる既視感】

前項で述べてきたように、入院を要する可能性の高い方の移行期医療を考える上では、小児と成人の医療体制の違いを念頭におかないと、とても無理な形で進められてしまう可能性があると感じています。

そして何より、私が移行期医療を考える上で一番大切だと考えているのは、
「その移行が本人と家族のためなのか」という視点からぶれないことです。

実は私は、今の移行期医療の議論について、強い既視感を覚えます。

1回目で述べたような単一の疾患の方の外来移行については、成人領域の受け皿もあり、本人にとっても分かりやすいメリットがあることも少なくありません。
それに比べて、重症心身障害児者の方の移行期医療はどちらかというと、
「小児科に通い続けられると、小児科の仕事が増え続けて困る」
という医療提供側の都合が前面に出ている部分があると感じます。

この構図、十数年前の小児在宅医療を推進しだした頃ととても似ているのです。

当時私は、NICU(新生児集中治療室)で勤務していました。
この頃東京で、妊婦さんを救急搬送しようとしたのに、多くの病院が受け入れできず、亡くなられるというショッキングな出来事がありました。
なぜそのようなことが起きたのか?
報道が過熱していく中、妊婦さんを受け入れるためには産まれる赤ちゃんを受け入れるNICUのベッドも必要であること、そのベッドが慢性的に満床続きであることにスポットライトが当たりました。
その理由の一つとして、医療依存度の高い子どもが長期間NICUに入院して、ベッドを開けられないでいることが注目されていったのです。

NICU長期入院問題を取り扱う記事が多数掲載された

世論の流れもあって、医療的ケア児の在宅移行が一気に進められるようになりました。(その頃私は、受け皿の一つになろうと決意して、今のクリニックを開業しました)
しかし、「ベッドを開ける」という医療提供側の都合が前面に出ている退院調整も珍しくなく、「退院する方がこの子にとって幸せ」と自信を持って言えないくらい貧弱なサポート体制のままで自宅に退院せざるを得ない子もいました。

その後、
・子どもはできるだけ自宅で家族と過ごす方がよい
・家族の生活が破綻しないようなサポート体制は絶対的に必要

という当たり前のことが、退院を進める病院側と、受け入れる地域の行政、在宅医療機関、福祉、保育、教育などの関係者間で共有されるようになっていきました。
今のような、ある程度無理のない形での小児在宅医療の形ができ上がるのには、こういった取り組みの積み重ねによって、多くの職種の間で課題が共有され、役割分担が明確になっていったことが大きかったと感じます。

そう。
十数年前からの取り組みはまさに、NICU入院から在宅医療への「移行期医療」の議論だったのです。
そして今、子どもと家族にとって「退院する方がこの子にとって幸せ」と思えるような環境が、少なくとも十数年前よりは格段に整ったことにより、NICU入院から在宅医療への「移行期医療」は当たり前のものとなりました。

【本人と家族のための移行期医療とは】

繰り返しますが、移行期医療を推進するためには、
「本人と家族にとって内科に移行した方がメリットがある」
という状況を作り出す必要があると、私は考えています。
そうでなければ、NICUのベッドを開けるために医療的ケア児を無理に退院させようとしていた十数年前と同じ轍を踏むことになりかねませんし、今の状況はそこに近づいているような危惧を覚えてしまうものです。

小児期から成人期への移行期医療は、小児科と成人診療科との間での連携があってこそ成り立つもので、小児科側から成人診療科に押し出すような形では、誰も幸せにはなりません。

・・そこで、私の講演ではいつもおなじみ、「連携」って何だろう・・という話になるのですが・・。
小学校時代に使っていた某国語辞典にはこのように書かれていたのを見て、私はとても納得がいったので、ずっとこれを示しています。

いかがでしょうか?
「連携」というには、3つの要素が整っている必要があるということです。

1)同じ目的を共有していること
2)互いに連絡を取りあっていること
3)協力して物事に取り組んでいること

今の移行期医療の議論に、この3つの要素は揃っているでしょうか?

・・またまた長くなってしまいました。
次回は、私が考える「本人と家族のための移行期医療」について、具体的に述べてみたいと思います。

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