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短編小説『花曇り』

雨と、晴れと、花曇り。
寒さ半分、あたたかさ半分。
そうして段々と春になっていくのは、うれしいような、けだるいような。

冬眠から目覚めたばかりの熊が、眠気に引きずれられながらも、のっそり起き上がるような。

想像しながら、自分も熊になったつもりで、少女は布団から起き上がる。
早朝はまだ寒い。
布団から出ても体の芯から凍える感覚はないが、冷気にまとわりつかれて震えが走る。

深緑色のカーテンをあけると、白一面の曇り空だった。
「花曇り」
という言葉が、少女は好きだった。
テレビの影響で俳句に興味があって、歳時記を手元に置いていた時期に覚えた言葉だ。
本格的に始める前に、興味が最新のゲームにうつってしまって、今では歳時記は本棚の肥やしになってしまったけれど、気に入った季語だけ、いくつか頭に入っている。

花曇りが好きな理由を考えながら、町に出る。



はるはあけぼの、と、昔の人はいうけれど。

春は真昼。少し曇っているときの、閑静な住宅街の、道行がいい。

一件進めば一件ごとに、その家の事情や家族の感性が表現されている庭に、玄関に、入り口に続く階段に、思い思いの花が咲いている。
アスファルトやコンクリートの地面からだって、たんぽぽ、いぬのふぐり、ほとけのざ、すみれ、小さな命が輝いている。

ようやく春がやってきたこの街で、花が最も綺麗に見えるのは、曇り空。
色とりどりのささやかな花弁が、まるで光を帯びているかのようにみえる。
とくに、白い花はいい。
まるで純白の光をまとった妖精を思わせる。

青い空、日差しを浴びた花々もいいけれど。

光の淡い曇りの日、少し肌寒いくらいのなかで、より一層、色鮮やかに地上を彩る春の草花が、私は好きだ。

まるで、ひと花ひと花が、小さな明かりのようで好きだ。

そこまで考えて、少女はバス停の前で足を止めた。
生温かい風が、やんわりと前髪を持ち上げて去っていく。
風がぬくいと、春だなと思う。

曲がり角からやってくるバスを目で追いながら、少女は、最近、家ばかり増えて自然の少なくなった町での春を、心で想い続けた。

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