【お題】7.遠い三日月
———自分が死ぬ日を分かっている人生ってどうなんだろう。
マサキはバイクから降りると、池に近づいた。今夜自分は死ぬ。どんな死に方かは分からないけど、ただ死ぬだけじゃない。自分の心を奪われたあの人にこの体を捧げるのだ。
初めてあの人を見たとき、衝撃が走った。自分が他者と違い見えないものを視ているのを知ったとき、そのことは秘密になった。話しても理解してくれないし、証明できない。ヘタをしたら気味悪がられ嫌われてしまう。
だけど、絵に描くことは止めなかった。元々絵を描くのは好きだったし、正体の分からないアレがそれを強く勧めていたのもある。結局アレはよく分からないが、何らかの意図を持って自分に近づいたのだろうと思う。純粋な悪意を感じた。
しかし、アレの言うとおり絵を描き続け、画家として成功したのは間違いない。そして、教えられた自分が死ぬ日、やるべき事もアレの思惑通りだとしても、自分自身やらない選択はなかった。あの人の役に立てるのならこれほどの喜びはない。
あの人は、力強い角を有し、顔には不可思議なアザのような徴があった。畏怖を感じさせるソレは、あの人の魅力を際立たせていた。気付けばあの人ばかり、何かに取り憑かれたように描いていた。他にも角を有する種族を描いてはいたが、圧倒的にあの人が多かった。
多分、自分はあの人が好きなんだろう。
人の形をして、この世に現れた鬼のような種族。
目的は分からないが、よほどでない限り危害は加えないようだ。
その他、違う種族も視えていたが、それらに興味は持てず、もっぱら角を有する種族ばかり描いていた。
あの人の側に、必ずと言っていいほどチャラい男がいた。カネチカと呼ばれていたが、あの人の名前はよく分からなかった。カネチカは「先輩」と呼んでいたし、他の同種族は「アイツ」や「アレ」などハッキリしないが、嫌っている呼び方をしていた。あの徴がそう呼ばせているのだろうか?死ぬまでに名前を知ることが出来たら、と思っていたがとうとう知ることは出来なかった。
……まあいい。
自分は、今まさにあの人と共に生きられるのだから。
正確には、自分の肉体が、だが。自分の意識は死ぬ以上なくなってしまうだろう。それでもいい。あの人とようやく接触出来るのだから。
マサキは、ある特徴を持っていた。
それは、「人の意識に留まらない」ものだった。
地味な見た目もあるが、存在が薄いのだろう。そういう事は幼い頃からしょっちゅうだった。
その事で、辛い思いもしたが、それを利用する術を知った。それはアレが教えてくれたことのひとつだったが。そのおかげで、彼らに気付かれることもなく、スケッチ出来た。
そして、あの人をしっかり視て、描くことで自分の中でいつしか、触れてみたい、接触したい、知ってほしいという欲も出てきたが、アレから知らされた自分の最後を思うと、なんとか思いとどまることが出来た。もし、今自分の存在を知られたら、あの人はこの体を使わないだろう。それは本意ではない。
自分を愛してくれた人はいなかったわけではないし、婚約までしてくれた人もいたが、自分が相手に対して心から愛しているとは思えなかった。あの人に対しての想いが強すぎて、他に目が行かないのかもしれない。別にあの人を恋愛感情として見ているわけではないが、強く惹かれている。夢中になっている。人ではない所謂化け物の類いの彼を。この感情が一体何なのかは分からないが、近いものでいうと「崇めている」というのだろうか。宗教にのめり込む人の心情が、ソレに近いのかもしれない。
今まで、自分が死ぬ日もやることも知っていて生きてきたが、だからこそ、あの人以上に夢中になれるものを捜してみたが、結局見つけられなかった。
いくつか恋愛もしてみたが、長続きしなかった。急にしらけてしまうのだ。
その中で、長く付き合えたのはアカザだった。……彼が一方的にこちらを好んでいたのもあるが、まさか婚約するとは思わなかった。死ぬ日が迫っていたので断ってはいたが、彼は一歩も引かず、自分が折れた形で落ち着いた。
今夜、自分は死ぬ。
その事は誰にも言わなかったし、秘密にしていた。知っているのはアレだけだ。
怖くないわけではない。ただあの人の役に立てるという高揚感の方が勝っていた。知らず握っていた手が軽く汗ばむ。………もうすぐだ。
辺りに響いていた虫たちの鳴き声は静まっていた。遠くで三日月がこちらを見ている。
と、一瞬あたりが光り輝いたかと思うと、星空に眩い流星が群を成して流れていた。———美しい景色だった。
ひときわ大きな光が轟音と共にこちらに向かっている。
ああ、そうか、あれにぶつかって自分は死ぬのか。そう理解して、目を閉じた。
自分で言うのもなんだけど、この体はとても丈夫です。安心して使ってください。
それから———アカザ、ありがとう。
熱風と共に強く眩しいものが近づいている。
ああ。今、そこにあの人がいる。
そして、それをアレもみている。
———自分の記憶はそこで途切れた。
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