世界樹の魔法使い 1章:天刺す尖塔と不良教師②

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「不服、不服、実に不服! もはや我慢ならんぞ! ヴァン・リーオの家名において命ずる! サン・テンペスト・ジョイナー、即刻この尖塔を去れ! 貴様は気高き天刺す尖塔の教諭に値しない。世界樹に属する魔法使いとして、この対応は、不誠実極まりないではないか!」
 フレイソルの声が教室の中で反響し、同調する生徒の声で騒々しさが増していく。
複数の言葉が一斉にジョイナーを責めるような状況でも、彼は顔色一つ変えなかった。
「違うよ! 先生はちゃんと私たちのこと考えてくれてるよ!」
 ひときわ高い声が、わめき立つ生徒たちの声に割って入った。
 チュイがムッとした顔で立ち上がり、フレイソルをにらんでいる。
「まぁた貴様か、犬っころ。獣人風情の劣等種が、人間同士の口論に口を挟むな!」
 床を踏む足に力を入れてジリっとチュイに体を向けるフレイソル。
 しかし彼の言葉は、今まで静観していた八重子とバルバロに火を点けてしまった。
「聞き捨てなりませんわ、フレイソル。魔法に関しては劣等なのかもしれません。だけど、あなたの言い方は完全に形態差別だわ」
「バーーーーーー!!」
 八重子とバルバロが荒々しく立ち上がる。
 二人の睨め付ける視線が、フレイソルの視線とぶつかり合って火花を散らす。
 当の張本人であるジョイナーといえば、その様子をあきれ顔で見ていた。
「ヴァン・リーオの人間である俺に対して頭が高いのが分からんのか! 獣人風情が人間の貴族である俺と一緒の学舎にいるだけでも、僥倖であったと思え!」
 横柄な態度で放たれたフレイソルの言葉に、八重子の目がカッと開く、
「なっ!? なんて言い草かしら! 形態差別が過ぎるあなたこそ、統治機構である世界樹にとって害悪でしかないわ!」
「こんの色魔の狐めが!」
「また、人が気にしてることを!」
 ヒートアップする二人に気圧されて、他の生徒たちが静まっていく。
 獣人の話になると、教室内でも賛同するものは無く、フレイソルは一人で吠えていた。
「チュイ!」
「何!?」
 ジョイナーの声を聞くと、怒りで耳を立てていたチュイは一転して笑顔で彼を見た。
「言っておくが、俺を擁護しても何の点数にもならねえぞ」
「そんなの気にしてないよっ! 私はただ、先生のやり方を信用しているだけだもん!」
「あ? あぁ、そりゃどうも」
 無償の愛情と信頼というものは、時に妙なむず痒さや腹立たしさを伴うが、愛情を受ける資格がないことを自覚していると、それを一層強く感じる。
 擁護してくれるのは嫌ではないが、理解のない擁護ほど困るものもなかった。
 ジョイナーは心にむず痒さを感じながら、フレイソルと彼に同調している面々を見て、このタイミングでフレイソルの鼻っ柱を折ってやるのが良いと思った。
 フレイソルの言う道理が正しいとしても、魔法使いにとっては階級は重要なもの。こうして、階級すらない学生が師であるジョイナーに申し付けを下すなど、本来は言語道断である。
 それに、目に物を見せれば、一緒に同調している面々も静かになるだろう。
(――それならチュイと八重子とバルバロは外さないと、それこそ道理からはずれるか)
 ジョイナーは一つ頷くと、チュイに指をさした。
「チュイ! 魔法使いの給与体系について十秒以内に答えろ」
 突然の問いに、チュイの目が丸くなって固まる。
 はっと我に返ると、どうして良いか分からずに小さな手があてもなく動いた。
「えっ、何!? あっ、えっと、十級から師までの階級と、二つ名の数と内容で……」
「失格! 廊下に出てろ」
「ちょっと、何で!? 失格? 何が!?」
 ジョイナーは答えずに次ぎはバルバロに指をさした。
「バルバロ、職業的魔法使いと社会的魔法使い、奉仕魔法使い、三つの違いを三十秒以内に答えろ」
「っ!? バーー……、あっ、……ばー。ぜんぶが、しょくぎょう、いちぶがしゃかい」
「不正解! 廊下だ!」
 最後にジョイナーが八重子に視線を向けると、勘の鋭い彼女は、既にいつでも聞かれる体勢を整えていた。
「じゃあ、八重子! 天性でしか身につかない魔法を全部、一秒以内で答えろ」
「精神魔法! 瞬間魔法! 拝領魔法!」
「はい、タイムオーバー。三人そろって廊下にいけ」
「一秒なんて無理に決まってるじゃない!」
 要領を得ずに混乱する三人に、ジョイナーは顎をしゃくって教室の扉を指示する。八重子は混乱した頭を傾げると、戸惑いを残したまま席を立ち、バルバロは、なぜか陽気に出て行った。そしてチュイは、時折ジョイナーに(何故?)と問いかけるような視線を投げかけながら、出て行こうとしていた。
「あっ、ちなみに廊下とは言ったが、今日の授業は終わりだ。さっさと寮に戻っておけ」
「私を邪魔者扱いして! きっと後悔するよ!?」
 去り際にチュイがふくれっ面でジョイナーに言う。
「それはないな。お前らこそ、俺のつまらない話を聞かずに自由に勉学に励めるんだからな。むしろ、得したと思っておけ」
 ジョイナーに鼻で笑われたチュイは、ツンと口をとがらせて外に出て行った。
 足音が消えたのを確認すると、ジョイナーはフレイソルを見て、陰湿な笑みを浮かべた。フレイソルがどうすれば無礼な態度で迫ってくるか、彼には分っていた。
「じゃあフレイソル、世界樹で一番最近廃止された組織を答えろ」
「――なんのつもりだ気持ち悪い」
「いいから」
 互いを探り合うような沈黙が続き、フレイソルとジョイナーの視線が絡み続ける。シンとした息を吞むような時間が過ぎると、フレイソルは静かに口を開いた。
「――魔法歴史研究局」
「はい、正解、おめでとう! さすがチュイやバルバロとは違うな、えらいぞぉ!」
笑顔で甘い声を出すジョイナーは、ひとしきり言うと、表情を戻した。
「ヴァン・リーオ・フレイソル、お前が望んでいたのはこういう授業かな? ん?」
「ふざけるな! きっさまぁ!」
 見事、怒りに油を注がれたフレイソル。
 彼は右腕に炎を纏わせると、躊躇なくジョイナーに目がけて振りかざした。横に薙がれた手刀は腕に纏った炎を伸ばしていくと、一本の炎の剣となってジョイナーを焼き切らんと迫った。
 予期しない状況に息を飲む生徒たち。
 予定通りの状況にジョイナーは笑んでいた。
 彼の目には、迫る炎の刃も貧弱にしか映らなかった。
「はっ!」
 ほとんど息を吐く程度の声をジョイナーが発すると、炎の剣の周りに水が溢れる。続けざまにジョイナーが大声を上げると、同時に二つは強くぶつかりあった。
長く伸びた灼熱の炎に常温の水がかかり、全てが急激に気化する。
 刹那、轟音が響いた。
 ふくれあがった空気は一気に容積を増やし、外に出ようとして扉を吹き飛ばす。
 それは一瞬。
 ただの一瞬の爆発となった。
 轟音が止むと、教室のあらゆる場所に水がしたたっている。
 ジョイナーは無事だった教卓に肘をついて、辺りを見回した。
「さあ、皆さん大丈夫かな?」
 爆風での被害は最小だった。
 ただ一人を除いて。
 多少、物がひび割れたり、軽いやけどを負った生徒は居たが、まともに被害を被ったのはフレイソルだけだ。彼は、ずぶ濡れで床に倒れているが、生まれながらの炎の使い手だけあって、熱に対しての耐性はあるらしく、ダメージは少ないようだった。
ジョイナーが二つ目に出した大きな声は強化魔法だった。
 教室全体と生徒達の被害を最小限にして、フレイソルにだけ軽く被害を受けるようにしていたのだ。
「くそっ……」
 悔しそうにフレイソルが顔を上げると、ジョイナーは彼に歩み寄って見下げた。
「残念だなヴァン・リーオの坊ちゃん。俺んとこのサン・テンペスト家も、没落しているとはいえ貴族だ。それに俺は、貴様に命令される程、落ちぶれちゃいない。階級や人種が大好きなお前に師として命ずる。俺の二つ名を言ってみろ」
 目を剥いて言葉に詰まるフレイソル。
 その姿を見ても、ジョイナーは嬉しくも悲しくもなかった。
 ただ、お前には何もできないという事を突きつけようと思っただけだった。
 フレイソルは悔しげにうなだれ、消え入りそうな声で答えた。
「師・四十五罪・黒腕のサン・テンペスト・ジョイナー」
「そうだ、俺は師だ。師である俺が、お前たちに魔法使いとして最初の二つ名を与える権限がある。変に争おうとするな。お前の実力は俺が保証してやる。だがな、自分の血筋の魔力だけは制御できるように努めろ。……どうだ、お前が欲しがっていた最高のアドバイスだ。なぁに、たった半年じゃねえか。ちょっとぐらい我慢しとけよ」
 小馬鹿にした顔でジョイナーはしゃがみ込むと、四つん這いになったフレイソルと顔を合わせる。
「いっぱしになって配属されてもよ、俺みたいな奴はごまんといるぜ?」
「そんなことはいい! だが、貴様だけは腑に落ちない! なぜ貴様はここに居る。なぜ俺が、四十五もの罪を犯した奴に教えを請わねばならんのだ! その時点で、この尖塔には不相応なはずだろ!」
「勘違いするな。俺が天刺す尖塔を選んだんじゃない。砂漠の世界樹が、俺をここにやったんだ」
「……っ!」
「ついでに言っておいてやる。ケンブリーもリズィもワンも俺の事を理解している。もっともリズィは俺寄りというより、ケンブリーに合わせてるだけなんだがな。忠告しておくが、あんまり変な気は起こすなよ?」
 ジョイナーは、校長、秘書官、監視官といった、そうそうたる面々が、自分の味方であることを言い含めると、フレイソルの濡れた頭を軽く叩いた。そして、貴族としてのプライドが苛まれる相手の姿を見ながら、改めて彼を嗤った。
 延々と変わることのない貴族階級と世界樹に約束された地位。
 世界樹への忠誠。
 獣人に対する優越感。
 フレイソルは正に上流階層の特徴を体現したような男だった。
 それがジョイナーは悪いとは思わない。
 世界樹が君臨し続け、貴族階級の人間がでかい顔をし続けていたとしても、世界は概ね平和で、上手く回っているのだから。

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