落語家探偵 事件ノオト 第六話 神秘の数秘術
師匠から言いつけられた酒蔵ミッションだが、今回は兵庫県を訪れることにした。兵庫県には、京都・伏見、広島・西条とともに、「日本三大酒所」といわれる灘五郷があるが、知る人ぞ知る酒蔵の銘酒を入手する方がミッションの主旨に近いような気がする。周辺にもレアな観光スポットがあるはずだ。
ってなわけで俺たちはまず、三番弟子、江戸川亭花魁(おいらん)姉さんの出身地、兵庫県小野市を訪れた。そろばん生産量日本一の小野市。地元の子どもたちは小さい頃からそろばんに親しみ、姉さんも中学生の時に全国そろばんコンクールで三位に入賞したことがあるらしい。
小野市伝統産業会館のそろばん博物館で、歴代名工の逸品、海外のそろばん、遊び心満載のそろばんグッズなどを見た後、お隣、加西市にある富久錦株式会社(兵庫県加西市三口町1048)に到着した。
いつものように蔵人、四太郎、鉢五郎の3ショットをパシャリ。隣接のショップ&ギャラリー「ふく蔵」で銘酒『富久錦』を入手し、スイーツの『酒粕が香るバスク風チーズケーキ』を堪能してトンボ返り。師匠の晩酌写真とレポートをアップする。
花魁姉さんは、かつて、CDデビューするほどの売れっ子メイド兼地下アイドルだった。所属していた事務所に、ルナっていう占い師でWEBライターもやっているマルチタレントがいた。占いには人相や手相で占うもの、カードや水晶で占うもの、生年月日やサイコロで占うもの、その他にもいろいろとあるんだが、ルナはタロットやオラクルカードで占う。よく当たるってんで、大物芸能人の客も多かったらしい。姉さんはルナに占いを教わり、その後、独自で研究を重ねて、特技のそろばんでソロバン占いをするようになった。姉さんのソロバン占いは弾き出した数で占う。簡単に言えば数秘術の一種だ。
江戸川亭に弟子入りした当初の姉さんは落語家としての収入が無かったもんだから、ソロバン占いの街占師(街角で通行人を占う)として細々と日銭を稼いでいたらしい。何人か固定客が付くようになってからは、バーが入っていたという狭い居抜きの物件で占い茶屋「七草」をはじめた。二番弟子で夫のランボルギーニ兄さんとの夫婦漫才、江戸川亭ランデブーが売れて忙しくなってきたんで茶屋を閉めようとしたんだが、話を聞きつけた一番弟子の酒乱(しゅらん)兄さんが、なにやら良からぬことを言い出した。
「閉めるなんてもったいない。客も付いてるんだろう?」
「そりゃあそうだけど、私、もう毎日店を開けるのは無理だよ」
「じゃあ、誰かに代わってもらえ。占い茶屋じゃなくてもいいんだよ。器量の良い美人女将がいて美味い酒が飲める小料理屋なんてどうだ? そんな店がありゃあ、俺なら毎日通っちまうけどな」
「兄さんはお酒が飲みたいだけじゃないの?」
「何を言ってるんだ、お前ってやつは。可愛い妹弟子のためを思ってだな、この酒乱様がアドバイスしてやってるんじゃねえか」
そんな調子のいい話は無い、と誰もが思ってたんだが、そんな調子のいいオンナがいた。姉さんの従姉で看護師の奈津菜さん(現在の女将)だ。器量がよく、別嬪で、栄養士免許も持っている、ってんだから申し分ねえ。問題は、看護師を辞めて女将になってもらえるかどうか、ってことだ。説得に難儀するだろうと誰もが思ってたんだが、
「おもしろそうね。私、一度やってみたかったのよ、料理屋の女将」
と、奈津菜さん、あっさり引き受けちまった。
こうして、占い茶屋「七草」は小料理屋「七草」としてリニューアルオープンした、ってわけだ。その頃はまだ姉さんも店を手伝ってたんで、当時の品書きを見ると、隅っこに小さく「占い あります」と書いてある。
* * *
小料理屋「七草」もコロナの影響で客足が遠のいた時期がある。毎晩閑古鳥が鳴く始末。そろそろ潮時かもしれねえ、ってときに「七草」で、酒乱兄さん、四太郎、俺の三人で飲んでいると、師匠が落語家協会の会長を連れてやって来た。既にへべれけになってハシゴ酒の様子。「不要不急の外出は控えよう」という風潮の中、しょうがねえなあ、まったく。
酔っぱらった会長がこんな話をはじめた。
「昨日、うちに泥棒が入ってよ。師匠に出て(出演して)もらったオンライン寄席のギャラを、こうやって祝儀袋に入れて、こうやって机に置いといたんだよ。そしたらよ、今朝になって見てみると無くなっちまってる。こりゃあ泥棒に盗(や)られたにちげえねえ」
「盗まれて難儀をする者からは盗まないこと、人を殺傷しないこと、女を手込めにしないこと、それが盗賊の掟だ。盗まれて難儀する会長のところに入る泥棒なんているわけがねえ」
と返す師匠。
そこへ珍しく、ランボルギーニ兄さんと花魁姉さんが、仕事を終えて店にやって来た。
「今日は珍しく賑やかだね。あら、会長もご一緒で。お久しぶりです」
「フゴフゴ」
とお辞儀する姉さんと兄さん。
「会長さん、そのお金の行方、花魁に占ってもらえば?」
と提案する奈津菜さん。
「そりゃあいい。ひとつ、おまえさんのソロバン占いで占ってみてくれねえか? 後生だ、頼むよ」
と会長が頼み込む。
「最近やってないから、うまくいくかなあ?」
ってなわけで、俺は姉さんのソロバン占いをはじめて目にすることになった。カウンターの奥から折り畳みの木机を持ち出して来て、白い布を掛けて、その上にソロバンと杯を置く。背筋を伸ばして体をまっすぐに。ソロバンの天枠部分を手前に傾ける。梁に当てた人差し指を右側にスーッと滑らせ五珠を上げる。朱色切子の高台杯に酒を注ぐ。杯を両手で持って頭上に上げて軽く一礼し、そのままきゅうっと飲み干す。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦」
そして、ゆっくりと呼吸を整える。
「じゃあ、いくよ。願いましては…」
目にも止まらぬ速さでソロバンを弾き始めた。
姉さんの占いによると、机に置いていた金は、会長のボンクラ息子が持って行っちまって、どこかで酒飲むのに遣っちまったらしい。
「あの野郎。とっつかまえて、ぶん殴ってやる」
と言って勘定もせずに店を飛び出して行く会長。
「釣りは要らねえよ」
まったく、しょうがねえ野郎だが、会長が「七草」での話をあちらこちらでしまくったおかげで、落語関係の連中がわんさか押し寄せた。コロナも明けて、「落語家に会える占い小料理屋」ってマスコミが取材に来るようにもなった。それを見た客がまたまた押し寄せた。んなもんだから、売上も桁違いになっちまった。それもそのはず、ソロバン占い、ってんだから桁違い。
古典落語『御神酒徳利』より (了)
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