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新作狂言「近江鉄道珍道中」はなぜこんなにも面白いのか 後編



冒頭はネタバレなし

前編

中編

新作狂言「近江鉄道珍道中」を書くにあたり、意識したのは、先代茂山千之丞先生の『狂言じゃ、狂言じゃ!』(文春文庫・2004)にある一文でした。

これから狂言の新作をする場合、古典の、従来の狂言の持っていない要素を盛り込むことが私には必須の条件だと思われます。

茂山千之丞『狂言じゃ、狂言じゃ!』(文春文庫・2004)

そもそも私は狂言に詳しくないため、狂言を書こうと気負わず、講談師として新作講談を書くように狂言を書いてみようと考えました。

講談と狂言にはいくつかの違いがあります。
講談は高座に座り、一人で物語を語りますが、狂言は能舞台などで複数人が会話を交わします。もちろん例外もあり、狂言の「奈須与市語」は講談に似ているとも言えます。

また、狂言の台本を書いて気付いたのですが、講談は登場人物が多く、場面転換も頻繁にあり、時間の移動もあります。
講談では物語を展開させるために、新たな人物が次々と登場し、舞台があちらこちらへ移り変わります。さらに、「あっという間に〇年の月日が流れました」という常套句があるように、時間経過もよくあります。

この違いを踏まえ、新作狂言に新たな要素(講談)を取り入れることを意識しました。

ここからネタバレ

講談の特徴の一つに道中付(どうちゅうづけ)があります。
これは、主人公がA地点からB地点へ移動する際に、その地名や名物、心情をリズムよく読み込む技法です。

まるで「立て板に水」、いや「立て板に銀の粒」とでもいうように、勢いよく語ることで、講談らしい躍動感が生まれます。

例えば、大石内蔵助が仇討ちのために山科を出立し、江戸へ向かう場面では、次のように東海道の地名が次々と語られます。

京の都を振り出しに、山科を出て、大津を過ぎて、瀬田の唐橋長々と、草津を越えて左に見ゆるは近江富士、心は堅き石部なる、横田川さえ打ち渡り、早や水口へ着きにける。あいの土山晴れ曇り、鈴鹿峠や阪ノ下、関、亀山を打ち過ぎて、庄野を後に石薬師、若きもここは杖突き坂、追分け越えて四日市。

こうして京都から江戸まで地名を繋ぎながら語ることで、聴衆も一緒に旅をしているような気分になるのです。

近江鉄道には三十三の駅があります。今回は、そのすべての駅名と特徴を盛り込んだ「近江鉄道道中付」を作ることにしました。

若い頃は新作講談を書く際に、よく道中付を書いていましたが、最近はほとんど書きません。理由は単純で、覚えるのが大変だからです(笑)。
しかし、今回は筆が進みました。
なぜなら、自分が覚えなくていいからです(笑)。
その分、会長役の千五郎先生には申し訳なく思っています。

近江鉄道道中付
近江鉄道の駅、「米原」から順々に申し上げまする。米原を発車して、エレベータ・エスカレータを作っている、「フジテック前」、洋風建築の駅舎は登録有形文化財、「鳥居本」。石田三成の佐和山城、佐和山トンネルに入るときはスピード落としてノロノロ運転、「彦根」といえばひこにゃんで、どんつき、くいちがいの城下町、「ひこね芹川」渡って、七曲り仏壇街は「彦根口」。ビバシティ彦根を見ながら、旧中山道を越えて、「高宮」へ。ここまで運賃四百六十円。値段もそこそこ高宮で、高宮線に入ると、半導体製造装置を作っている、「スクリーン」。お伊勢参らばお多賀へ参れ、お伊勢お多賀の子でござる。お多賀さんの「多賀大社前」。高宮に戻り、犬上川を渡って、藤堂高虎出生地、「尼子」。アニメ『けいおん!』のモデルになった学校は、「豊郷」。

初演の舞台では、さすがの千五郎先生も「立て板に水!」とはなりませんでした。途中で少し怪しくなった場面がありました。すると、驚くべきことに地元のお客さんが舞台に向かって駅名を教えてくれたのです。

私はこの光景に心を打たれました。
これこそが一期一会の舞台の面白さだと改めて実感しました。

茂山千五郎家のYouTube「YouTubeで逢いましょう!」を見ているうちに、「小舞」の存在を知りました。

会長が物語を進め、道中付もあり、八面六臂の活躍を見せる一方で、秘書にも見せ場がほしいと感じ、「小舞」を入れることにしました。

小舞とは何かを理解しているわけではありませんが、これこそが狂言らしいと感じ、見様見真似で、七五調の謡も書いてみました。

小舞「近江鉄道」
〽湖の ほとりを走る 電車あり
歴史あふれる 近江路の
人と街とを 結びゆく
菜の花香る 春の道
稲穂を揺らす 夏の風
色移りゆく 秋の山
窓越し見る  雪景色
人の暮らしに 寄り添いて
今日もレールは 続きゆく
近江を繋ぐ 鉄の道
近江を繋ぐ 鉄の道

小舞がどのように演じられるのか知らなかったのですが、茂先生の見事な舞によって、観客から笑いが起こり、舞台が引き締まりました。
「小舞」で笑いが起きるとは思わなかったです。茂先生、大活躍です!

狂言師の芸や、演出で、さらに音響さんの効果音などで、笑い溢れる狂言になっています。

お客さんの感想を拝見すると、「道中付」や「小舞」を気に入ってくださる方が多かったです。
もう一つ、人気が高かったのは、会長がおばあちゃんの思い出を語る場面でした。

さて、その内容とは――。

残り二公演。ぜひ、滋賀へお越しください。

2/16(日)『おうみ狂言図鑑 2025』
会場/滋賀・甲賀市あいこうか市民ホール
開場/13:15 開演/14:00 
料金/2500円、青少年(24歳以下)1000円
演目/古典:柿山伏・附子、新作:近江鉄道珍道中、アフタートーク:茂山茂×旭堂南湖
新作「近江鉄道珍道中」
作:旭堂南湖・演出:茂山童司、出演:茂山千五郎、茂山茂

3/22(日)
『おうみ狂言図鑑 2025』
会場/滋賀・日野町町民会館わたむきホール虹
開場/13:15 開演/14:00 
料金/2500円、青少年(24歳以下)1000円
演目/古典:佐渡狐・千鳥、新作:近江鉄道珍道中、アフタートーク:茂山千五郎×旭堂南湖
新作「近江鉄道珍道中」
作:旭堂南湖・演出:茂山童司、出演:茂山千五郎、茂山茂

詳しくはびわ湖芸術文化財団のHPを御覧ください。
https://biwako-arts.or.jp/rd/event/34615.html

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