短評:多重構造を行き来しつつ映画の原点まで降りてゆく 〜 「サリヴァンの旅」

シネマヴェーラ 「サリヴァンの旅」プレストン・スタージェス監督、1941年。これは面白かった。コメディ映画の売れっ子監督が社会派映画に目覚めて貧困層のフィールドワークをこころみるというプロットの作品である。

いきなりのフェイクエンディング(というのか)、カーチェイスのドタバタから後半へ、みごとに落としこむ。1934年にトーマス・ミネハンという研究者が浮浪者になりすまして実地調査を行った研究があり、それを元ネタにしているのかもしれない。

クライマックス、黒人教会のシーン、囚人たちの観る映画。娯楽映画を肯定して本編自体も娯楽映画でありながら、さりげなく社会派映画にもなっているという、なかなかにくいつくり。映画「インセプション」みたいにいくつものレイヤーを降りてゆく構造であり、映画やエンタテインメントとは何かというメタなテーマをコメディに落としこんでいる。

ちなみにトーマス・ミネハンのレポートの抄訳など、大恐慌時代のアメリカ一般〜下層市民の生活レポートのアンソロジーが中公新書「大恐慌」で読める。緊縮財政を理由に学校の予算を減らすなんて話もあるが、最近、橋下市政下の大阪市で似たようなことが行われていたっけ。

1930年代アメリカのホーボーや渡り労働者の話、背景を知っておくと、映画「怒りの葡萄」などもちょっと立体的に楽しめるかもしれない。

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