【#シロクマ文芸部:月めくり】愛する人へ
「月めくり、ありますか?」
僕は顔を上げながら、月めくりって何だ?と考えた。
顔を上げた先には、上品な老婦人がいた。
レジ台に繋がった作業机で雑にポップを書いている、僕の手元を覗き込んでいる。
「あ、えっと…月めくり、ですね?」
反芻しながら、頭の中をフル回転する。
「あの、日めくりじゃなくてですか?」
「あのね、日めくりだと毎日めくらないとダメじゃない。
私そういうのきっと続かないと思うのよ。だから月めくり。」
なるほど、月めくりっていわゆる普通のカレンダーのことか。
先週、後輩の紗弥ちゃんがせっせと作っていたカレンダーのコーナーへ案内する。
「まぁ、今は色々あるのねぇ。どういうのがおすすめかしら?」
僕は、もうここからは離れられないと腹を括り、このおばあさんに付き合うことにした。
「カレンダーなんて、僕は数字が見えたらいいと思っていましたけど、色々あるもんですね。こういうの、お客さんがよく買ってくださる気がします。」
「あら、結構シンプルなのが売れ筋なのね。」
「月ごとに写真が変わって気分も変えられるものもありますよ。お花とか、世界遺産とか。」
「まぁまぁ、素敵な写真だこと。そうねぇ、お花だったらおじいさんが喜びそうだわ。」
そう言うと、おばあさんは唐突に話し始めた。
おじいさん、と呼んでいるご主人は、昨年の年末に亡くなられたそうだ。
バタバタと死後の整理などを終えると、おばあさんは、自分が一人になってしまったと悟った。
そこから、おじいさんがいて楽しかった日々を思い出しては塞ぎ込んでいたが、ふと部屋のカレンダーが昨年のままになっていることに気がついた。
こんなんじゃおじいさんに笑われてしまう、と奮い立ち、今日買い物にやって来た、ということだった。
「おじいさんは、ガーデニングって言うのかしら。庭いじりが好きでねぇ。私も知らないようなハイカラな花を育てては、『どうだ、綺麗だろう』ってよく見せてくれてねぇ。」
そう話すおばあさんは今にも泣き出しそうだったが、何とか堪えていた。
「このお花のカレンダーください。
おじいさんがしてくれたみたいに、お花を見せてもらっている気分になるわ、きっと。」
「分かりました。」
僕はカレンダーコーナーから花のカレンダーを手に取ると、おばあさんと一緒にレジへ向かった。
このカレンダーが、一番似合う人のところへ売られていくことに、とてつもない奇跡を感じながら。