偽りの優しさにさえなれなかった
他人に優しく生きていこうと思った心は偽りではなかったはずだ。だけど、この世界が憎いのはなんでだろう。
子供が嫌い、高齢者も嫌い、女も嫌い、自分も子供だったんですよ?自分も高齢者になるんですよ?と言われても、「自分を含めて嫌いなんですよ」と、なんでそんな簡単なこともわからないのだろう。
私だって誰かに優しくして生きていたかったはずだし、優しくして生きてきたはずだけど、優しく生きてきた割には、人生が報われない。この間、おばさんに優しくするのが嫌になって、デカい声で泣いちゃったら、「まだ若いからね」と言われて、ほら、また優しくされなかった。
20代前半の精神疾患者だけど発達障害や虐待がなかったせいで、NPO法人に相手にされない。誰も優しくしてくれないし、誰も助けてくれないし、誰も救ってはくれない。可哀想な人を救いたい!と思う人の可哀想になれなかった。私は成れ損ない。
中学の時にいじめられていた子の友達になろうとしたら、その子に拒否反応が出てしまって、それを不憫に思った周りが私を使っていじめられっ子を攻撃していた。あの子は元気かな、まぁ私はそのあと不登校になって高校受験に失敗して、高校も退学しましたが、ね。
本当の優しさも偽りの優しさも自分には与えられることもない成れ損ないでした。
生きていてごめんね。