2022.10.29
SNSの言説に惑わされている友人も、それに話を合わせるしか能がない自分も、金木犀の香りがしなくなった秋の終わりも、何もしたくないような無気力さも、こういう自分の傲慢さも、何もかもにうんざりして、悲しいというより寂しい。
寂しいとか辛いとか、誰にでもあるような感情のはずなのに、何だかそう思うこと自体が悪とされているような気がして、誰を信じたら良いのか、そもそも信じなければ良いのか、傷つきたくなければ期待するななんて、でも期待したいような人は沢山いるし、息が詰まるし、吐いた息はもう白い。
日が短くなった。いつも寒さを実感してから気づく。
秋の匂いを探していたはずなのに、もう星が綺麗に見えるようになった。
いつもこうして季節の流れを感じている。気づいたときにはもう既に寒いこと、吐いた息が白いこと。そうやって歳をとって、思い出は増えるのに、大人になった実感だけがまだない。
去年の今頃、自分は何を思っていたのだろうか。
来年の今頃、自分は何を思っているのだろうか。
なんて、今そんな余裕と美しさはあんまりなくて、今は漠然とした思い出と期待よりも、確実に存在した過去に執着していることが自分の輪郭なのだ。
本当は何も失いたくないくせに、何を失っても平気なようなフリをして、街を歩いている。なんかずっとそんな人生。ずっと虚勢を張っている。好きじゃないようなフリだけが上手くなる。
そんな人生でも良いかってそんな強さはないけど、無理やり前を向かなくても良いかと思える頃になったら、その街で、また。
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