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カーナビがなかったころ
今でこそ多くの車にカーナビが設置され、渋滞情報も把握して、必要であれば抜け道も案内してもらえます。
事前にルートを把握していなくてもカーナビの言うとおりに運転していれば、それこそ行き先の場所を把握していなくても目的地に到達できてしまいます。
カーナビに頼りすぎると、なんだか景色や太陽の位置で、あるいは道路標識や道の名前や県道・国道のナンバーなどで自分が今どこにいるのか、どの方向に向かっているのか判断する能力が劣化していくようにも感じます。
昔は道路地図や抜け道マップなどを頭に叩き込んで運転することが多かったので、地名や道路の位置関係がもう少し頭の中で明確だったのでしょう。
そういえば昨年免許を返納した私の母は、免許証を返納する直前まで運転を続け、最後までカーナビなしで運転していました。
ある時寝坊して遅刻しそうになった孫を学校まで車で送り届けた後、帰り道、道に迷ったそうです。焦ったそうですが、見覚えのある道路番号と、東西南北の感覚、そしてもちまえの「かん」で無事家に帰ってこられたと豪語していました。
文明の利器に頼らなかったことで、「野生のかん」が研ぎ澄まされたのでしょうか?しかし帰り道を忘れるという危うさから、私は即刻免許返納の勧告を母に突きつけ、母もあまり抵抗することなく免許返納に応じてくれました。
迷子になりかけただけで済んでよかったです。野生のかんが迷子から救ってくれたようです。