価値観の洗い出し
わたしは2020年9月から幼稚園で働いている。
昨夜ある子がシラミになった。と
保護者から連絡が入った。
翌日、通園させてよいか?の確認だった。
シラミについてあまり知識がなかったので
Instagramやブログなどを読みまくった。
駆除には、、
撃退用のシャンプーやクスリを使って
約10日間はかかるそう。
撃退グッズは大体、平均5000円ほどかかる。
その間は着衣や布団やシーツ
タオルなどを毎日洗いながら
55°以上のお湯で死滅させたりしなければならない。
その対応に追われながらも
自分もシラミまみれになり
神経が擦り減っていく保護者の様や
リアルな状況をブログなどで読んだ。
ふだんから
お互いに身体も頭も肌もつけ合わす事が多いのが
私のいる ようちえんである。
うつる確率が高いのが普通だ。
他の子供達のこと。
普段から子育てをして
疲れている保護者のこと。
ようちえんの仕事以外の事をやっているスタッフの事。
1人の子のシラミによって
みんながシラミまみれになり
みんなで神経をすり減らし
みんなの命の時間を無駄にするパラドックスが
当たり前に想像できる。
これは、、
完治するまでは家で待機してもらうのが
懸命なのではないだろうか、、。
それが私の見解だった。
しかし
代表の判断指標は
まさかの
厚◉労D省のHPだった。
「治療を開始していれば通園🆗。」
あれだけ普段
国や政治家、官公庁に批判的なのに
シラミに関しては
厚◉労D省を指標としていた。
別にいいんだけど。
別にいいんだけど。。
なんだか違和感、、と思った。
自分で
調べて
考えれば
わかる事な気がする。
シラミをうつされたくないので
申し訳ないけど
今日わたしは初めて休む事を選択した。
自分の価値観がどんどん洗い出されて
純度が高まると共に
見える景色の中に感じる違和感が
濃く映しだされるようになった。
これは私が高まっているとか
私が神々しくなったとか
そんな事ではなくて
価値観が少し違うことに対して
そんな大差を感じていなかったのだが、、
大きな違いが
そこにはあったのだ。
信じていたものが
ガラガラと崩れていく音が聞こえる。
私はショックだった。
と
書きたい所なのだが
ちがう。😂
私はもともとわかっていた。
早い段階で気がついていた。
もともとわかっていたのに
その気がついている自分を無視したのだ。
自分の感覚を無視して
そこに価値を置き続けたのだ。
「テレビ局で働く」が
「ようちえんで働く」に
変化しただけだった。
結局、東京にいた頃と同じ
サラリーマンごっこ事を
わたしは淡路島でもやっていたのだ。
ヒトのフンドシをつけて。
だから
ますます
目の前に突きつけられた。
もう必要がないでしょ。
肩書きは要らないでしょ。
アナタが創造主でしょ。
アナタ
また自分を無視して
また
繰り返してるでしょ。
そうじゃないでしょ?
何が大切か知りたくて。
この世界、この宇宙の
源を知りたくて。
何かが違う。
こうじゃない。
本当に私が求めてる事を
求めて求めて求めて求めて。
これから来る時代に何が必要かどうかは
知らない。
でも
これからの"私"には
何が必要か?
何に価値を持っていくのか?
は明確にわかる。
価値観。
価値観が何より大切な指標となる。
私は
命。
命を。
命を大切に生きる。
うん、そうする。
命さえ大切にできれば
あとはどうでも良い。
わたしは私の命を大切にする。
わたしの命を大切にするように
アナタの命も大切にする。
命。
すべては命。
命以外に大切なものなどない。
あとはどうにでもなる。
それが私の価値観である。
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