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10年ぶりのおもてなしに選ばれしディナー
「ななちゃんのおいしそうなごはん食べたい。」
京都に住む中学校時代からの友人が、10年ぶりに泊まりにくることになった。
1. ななちゃんのごはん食べたい
研修で東京に来るから、都合が合えば会おうと連絡をくれた。やったぁ!それならなら久しぶりに、東京のオサレで美味しいレストランを予約して、スペシャルなごはんを。
そう思っていたところに、「ななちゃんのおいしそうなごはん食べたい」ときたもんだから、面食らった。
えぇーーーっ!
彼女とは、ソフトボール部で中学校生活をともに過ごした仲。
出会いはもっと早く、まだ別々の小学校に通っていた頃だった。姉と彼女のお姉ちゃんが同級生で親友だったことで、姉たちを通じた交換日記をすることになったわたしたち。
おっちゃん(彼女のお父さん。京都では友達のお父さんは「おっちゃん」。)が餃子を作るとなれば御相伴にあずかり、夜桜で花見をするという日には姉にくっついてお呼ばれした。鍵っ子だったわたしたちは、すごい雷の日にもお家にお邪魔したりした。
初めての友達の家へのお泊まり会も、初めて友達が家に泊まりにきてくれたのも、彼女だった。
そんな、わたしにとっては数少ない、気のおけない古くからの友達でも、お互い忙しく、住む場所が離れると会う機会は減ってしまう。
結婚して横浜に住んで、息子が生まれた頃に一度横浜に遊びに来てくれたけど、家に遊びにきてくれるのはそれ以来のこと。実に10年ぶり。
まさかわたしの、普段着みたいなごはんを、せっかく東京に来た友人に食べてもらうなんて。
緊張する。
だって、わたしのごはんは、家族以外の人に出すことはほとんどない。部屋着みたいなごはんなのだから。
2. おもてなしディナー
さあ、わたしがつくるごはんを食べたいと言ってくれる友に、なにを作ろう。
最近SHIORIさんのお料理教室で習った新しい料理なら、見た目も美しいし、喜ばれそう。
いやいや待て待て。背伸びは危険すぎる。まだ自分のものにできてない料理を、意気揚々とつくって失敗したらどうする。
しかもこの日は朝からPTA活動が色々立て込んでいて、じっくり煮込み料理や手打ちパスタなんていう、おもてなし料理ができないスケジュールでないの。なんてこった。
もっと、自分にとって身近で、慣れていて。
久しぶりのお喋りに夢中になりながらでも、作れるような。
マシンガントークをぶっ放しながらでも手が動くような、そんな料理でなければ。
それでいて、華やかさのあるお料理…。
うむむ。
パエリア?
パエリアとアヒージョなら、仕事終わりの噴火寸前の脳みそでもバババっと作れていたし、きっと大丈夫。アヒージョの具はその日手に入るものを、その日の気分で。
そして、家族が大好きなフォカッチャを焼いて、新しく得たSHIORIさんのレシピからは柿のサラダを作ろう。
きっと、カラフルで華やかで、おもてなしにぴったりの食卓になる。
わたしがごはんを作るときにどうしても譲れないこだわりも、パーティーごはんを作る時に気をつけていることも、全てをびしっと抑えたメニューが決まった。
3. ごはんのこだわり
わたしがごはんを作るときにどうしても譲れないこだわり。
それは、一番おいしい状態で食べてもらうということ。
揚げ物なら揚げたて、焼き物は焼きたて。冷たい前菜やサラダは冷え冷え。翌日の状態がピークなものは一晩寝かせて。
その料理がもつポテンシャルを、最大限に発揮している瞬間に食べてほしい。
焼きたてはカリッとしてふわっとして、アチアチで、もっとおいしいのにな。
揚げたてはザクっとして軽くて、もっとおいしかったのに。
ってなるのがどうしても、大損こいた気持ちになる。
ごはんやでーって家族を呼んでも、集まってくるのが想定より遅かったりすると、それだけで不機嫌になっちゃったりして。そんな、ちょっと、煩わしい呪いにでもにかかっているかのような、強いこだわりを持っている。
なんでこんなんかな?って考えてみると、母の姿が脳裏に浮かんだ。
みんなが食べているのに、ずっとキッチンで作業をしていて座らない母。
夜中に帰宅したわたしに、ひとり分の焼き鳥を焼く母。
「できたしはよ食べてや」といいながら、キッチンで次の料理を仕上げている母の姿が。
それなのだ。
わたしも、揚げ物の日は、天ぷらやさんのように、揚がったものから食べてもらうスタイルをとる。
あったかい麺類を出した日には、釣り上がった目で念仏を唱える始末。
「伸びる伸びる伸びる。早よ食べて早よ食べて早よ食べて。」
やっぱり、わたしの料理は母から教わったものがベースになっていて、いちばんおいしい瞬間に食べてもらうことに執念を燃やしていた母の思想が、びっちりと張り付いているのだ。
これが、なんとも、なかなかに厄介で。
冷蔵庫に保存した夕食のあまりのヒレカツを、夜中に起き出して冷蔵庫を漁ってはチンもせずに食べて「おいしかった」という。夜行性の大ネズミのような夫とは分かり合えるはずもなく、何度もモヤついてきた。。
姉の「夫のここが許せない!」相談窓口に、何度電話したことか。
結局、トースターもレンジもあるのに、冷え冷えのヒレカツを食らっておいしいという夫には、わたしの思想を強要することは諦めることにして、今はことなきを得ている。
でも、夫以外となると話は別。
増してやたいせつな友人に・・・となると、出来立てマジックに乗っからない手はない。
4. 脳内パズルチャレンジ
だからパーティメニューを決める時は、毎回頭をひねってみる。
料理工程を脳内でパズルする。
全ての料理がベストなタイミングで同時に仕上がるように組み込んでいく。
フォカッチャの発酵時間に、こども会の防犯パトロールを済ませて、習い事のお迎えから帰ったらオーブンで焼こう。
そうすればちょうど、焼き上がるころに彼女が到着するから、焼きたてパンの香りで出迎えよう。
「めっちゃ良い匂いする〜」
と、期待通りの反応で彼女は登場してくれた。
積もる話を少し楽しんで落ち着いたら、おしゃべりしながら夕食をつくる。
予定だったのだけど、マシンガントークが炸裂して、全ての脳がそっちに向かってしまって、想像以上に何も手につかなかった。
おしゃべりも、料理も、お互いに脳の使用割合が高いらしい。
そしてやっぱり、わたしはマルチタスクが苦手らしい。
そんなこともあろうかと、戦略は練っておいた。先にお風呂に行ってもらって、その隙に料理をする作戦。
おしゃべりしながら華麗にごはんを作るのは諦めて、お風呂に入ってもらった。
パエリアは、炊いて蒸している間に色々出来るから、パーティー向きの料理。
アヒージョとサラダを作り、洗い物まで終わらせられる。
パエリアは、いつも通りグリルしたチキンにソーセージ、アサリでうまみたっぷりに。アヒージョは、タコとミニトマトで鮮やかに。
そして、SHIORIさんのレシピ、生ハム柿サラダが食卓に彩りを与えてくれた。
お料理教室で習ったことを、さっそく生かすことができて嬉しい。
ここに、自家製フォカッチャを添えて。
たったこれだけでも、にぎやかな食卓が完成した。
Welcomeの気持ちが伝わったかな。
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5. コバッチャ焼いちゃう?
わたしのなかの彼女は、学生の頃のままで止まっていたのかもしれない。
遠くに離れて暮らしていても、折々に会って話をしたり、姉を通じて彼女の今を聞いたりしていたけれど、根本的なところの理解はおそらく中学生のままだった。
大きな挑戦をして職を変えて、いつの間にかさらに羽ばたいて、彼女は起業家になっていた。
それは驚くべきことだった。でもなんだか妙に納得できるところがあった。
やっている内容に驚いたというよりは、何度でも挑戦して変わり続ける、進化し続ける姿に、なんともいえない眩しさを感じた。
さらに、かなりの美人だから、その輝きに、ちょっとドキドキした。
思い起こせば学生の頃から、彼女は柔軟で、根性があって、芯が強かった。
恐れることなく夢を掴みにいくというのは、彼女の本質だなぁ。と、腑に落ちた。
わたしがこうしてウジウジと悩んでいるタイミングで、10年ぶりに遊びに来て、羽が生えているかのような生き様を魅せてくれた彼女。そしてわたしの料理を食べて、おいしいと言ってくれたことには、なにか特別な意味があったように感じた。神様からのギフトのような。
自慢のフォカッチャをひとくち食べて、彼女はとても驚いていた。そして終始
「めちゃくちゃおいしい。焼きたてじゃないのになんでこんなにふわふわなん?!」と、ベタ褒めしてくれた。
そうなんです。おいしいフォカッチャ食べたさに、色々試してたどり着いたこのフォカッチャは、冷めてもおいしいマジウマフォカッチャなのです。
「これを家だけっていうのはもったいない。売れる!」
と言いはじめて、
「え!フォカッチャ売っちゃう?」
なんて冗談でのっかるわたしに、
「売れる!会計士はもう良い。もう充分やったって。ななちゃん。」
と大まじめに、興奮混じりに話してくれるのだ。
今を輝いて生きている起業家の熱量はすごい。わたしの中のウジウジを、思いっきりぶっ飛ばす力があった。
わたしもだんだん嬉しくなって、
「コバッチャ売っちゃう?!」(苗字が小林なので)
なんて、半分その気になったりして、楽しい時間が流れた。
6. 休業へ。
どれだけウジウジと考えていても、正直数ヶ月前の自分に戻ることはできそうにもない。
いつもの変わらない家族を、どびきり愛おしく感じることが増えた。
文章を書き、それを読んでもらうことの喜びを知ってしまった。
料理をつくってお菓子をつくって、内側から満たされる自分に気づいてしまった。
毎日がこんなにも豊かで、心穏やかに過ぎていくものだということを、実感してしまった。
1日1日が貴重で、さぁ今日は何をしようかと考える朝の清々しさを、感じて生きてみて、好きって言えない仕事に舞い戻るなんて、できそうもない。
新たな挑戦をして自分で夢を掴みに行く友のように、わたしも今まで固執してきた、これまで20年居た部屋の扉を閉めようと思う。
公認会計士登録を、抹消することにした。
神妙な面持ちで、会計士登録抹消手続きの書類送付を申請する。
年間10万円以上する会計士協会の会費、あれはどうなるのかなー。今年度分は免除してほしいなー。なんて思いながら、申請メールを送信する。
思いの外、すぐにメールが返ってきた。
「会費は登録抹消する前月分まで月割りで発生します」
ぎゃんっ!!!
はよしよ!!抹消!抹消!
もう未練などないわ。