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あの洋食屋のオムライス

今日はクリスマス。
ついに、給食が冬季休暇に入ってしまった。

1. 給食がない日

小学校は年内最終日。
首を長くして待っていたクリスマスプレゼントがようやく届いたと思ったら学校にいかにゃならんとは、小学校もなかなか無情なものだ。

そして、小学校の長いおやすみとセットなのが、給食のおやすみ。これがなかなか、地味に世の子育て世代を苦しめる。
これから約2週間、給食なし。あさ、ひる、よる。時にはおやつまで、日に4度もこどもに食べ物を用意するとは。ネタ切れにネタ切れを重ねて、同じメニューを何周すれば足りるだろうか。

さっき登校したばかりのはずのこどもたちが、お腹をすかせて帰宅してきた。
やべっ。何かつくらねば。
炊飯器を見ると、そこには寿命が近くなったごはんが結構な量残っていた。
そうか、昨日はクリスマス・イブ。豪華で映えないディナーを作ったので、このごはんは、おととい炊いたやつ。表示時間はすでに40時間を超えて点滅していた。

でも大丈夫。これくらいのごはんなら復活させられる、ホイミのようなとっておきの魔法の料理があるからね。
時間が経ったごはんを劇的に回復させる、オムライス。

2. クリスマスにオムライス

わたしがつくる、古いごはんのオムライスは、実はけっこうおいしい。
あんな状態のごはんが、こんなにおいしくなるなんて!という感動もあいまって、よりおいしく感じる。
具はいつも冷蔵庫にあるソーセージと玉ねぎ、絶賛老化中のごはんだけ。それをケチャップと少しのウスターソース、塩コショウで味付けしたものを卵で包む。鶏肉も入っていない、あまりごはんで作る貧乏オムライス。

でもこの味は、父が好きだった洋食屋さんのオムライスの味を頂戴したもので、手前味噌ながらおいしい。
とにかく具を炒める時にバターをたっぷり、惜しみなく使う。秘訣はそれだけ。
でもたったそれだけで、40時間オーバーの加齢ごはんが、洋食屋さんのオムライスに化けるのだ。

クリスマスにオムライスなんて、浜ちゃんの”チキンライス”みたいで、なんかいいや。この貧乏オムライスにはチキンは入ってないけど。

3. 父といった洋食屋

あの洋食屋さんで初めてオムライスを食べたのは、大学生のときだった。
大学のキャンパス内の階段を踏み外して、片足正座の状態で下まで滑り落ち、足首がどうにかなってしまった。左足首がパンパンに腫れて、スラムダンクの赤木が捻挫したときみたいな足首になった。

どれだけ靴擦れしようとも毎日ヒールを履いていた女子大生が、不恰好なギブスをはめられて、ヒールが履けなくなり、この世の終わりとばかりにへこんだ。
ヒールどころか歩くのもままならなくて、父にお迎えを頼んだら、「そんなときはおいしいもん食べぇ」といって、小さな洋食屋さんに連れて行ってくれた。

父と2人で外食するなんて、当時のわたしにとっては恥ずかしくて。正直いうと、ちょっと嫌だったけど、おいしい洋食食べさせてあげるというので、黙ってついて行った。

「ここのオムライス、食べてみ」
特にオムライスな気分ではなかったけど、父の不器用な優しさに応えて、わたしはオムライスを注文した。
そして父は、オムライスではなく、ちゃっかり好物のビフカツを食べていた。なんのこっちゃ。お財布事情からなのか。自分はビフカツを注文しといて、おすすめはオムライスなんかい。ビフカツちゃうんかい。
そしてわたしは、あの洋食屋のオムライスのファンになった。

4. ビフカツ食べたい

それからも何度もこの洋食屋さんに家族で行き、家族が増えると姉家族も合わせた3家族の大所帯で洋食を楽しむ、大切な場所になっていった。
父は毎回決まってビフカツを注文し、話もせずに夢中で食べていて、オムライスを食べているところなんて見たことがなかった。でもわたしは、いつもオムライスを頼んだ。

息子がオムライスデビューをしたのも、あの洋食屋だった。
食が細かった息子が、思いのほかパクパク食べるので、
「ケチャップライス、食べるやん。」
「ほんまやな。食べるんや。食べたことないんやけど。」
などと、姉と2人で驚いたのをよく覚えている。

そうして、わたしは息子のために、家でもよくオムライスをつくるようになった。
あの洋食屋の味に似せて、たっぷりのバターを使った、香り高い貧乏オムライスを。何も特別なものは入っていない、昔ながらの洋食屋さんのオムライスという感じのオムライス。これが格別に、おいしいのだ。

実家に帰省すると、3家族であの洋食屋に行くのが恒例行事みたいになった。
そうやって、いつもみんなでワイワイとおしかけて、父はビフカツを、わたしはオムライスを食べる。
母と姉は、にゅうめんが付いたポン酢ステーキ定食、こどもたちは選べるお子様ランチ。義兄はエビフライ。夫は誰も頼んだことがないような、「え、それいっちゃう?いいん?おすすめ他にいっぱいあるけど、ほんまにいいん?」と余計なおせっかいをしてしまうメニューを注文する。
夫だけが(これじゃなかったな)という微妙な顔を浮かべている中、みんな大満足でご馳走をいただく。そんな幸せが、変わらず続いてほしかった。

だけど、父が脳出血で倒れた頃に洋食屋の女将さんが、突然倒れて亡くなってしまって。コックさんのご主人も体調を崩されてしまって、お店は閉店してしまった。
父と、家族みんなと行った、思い出の詰まった洋食屋。
おいしい食べ物の記憶とともに、楽しかった家族の時間がぎっしりと詰まっている。そんな素敵な場所だった。

父がこの世からいなくなっても、そのほかのことは何も変わらずに世の中は回っていくように思っていたけれど、父と過ごした思い出の場所もまた、いずれなくなっていってしまう。
それがとても寂しかった。

あの洋食屋は、その後、息子さんがラーメン屋さんをはじめたり、それもまた閉店したりしていた。もう一度洋食が食べたいという声がたくさん届いたのだろうか、今はご主人が再び、こんどは1人で細々と洋食屋をオープンされている。

メニューからはオムライスが消えているけれど、また大家族で訪れることができたら、こんどは父が愛したビフカツを食べてみよう。
オムライスより何より、おいしかったりして。



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