鰹節と喫茶店で君とダンスを



鰹節って、綺麗。
薄く、外を透かす鰹節のひとひら。他の何でも変えがたい、藝術。削り器で私は何枚も、何枚もそれを生み出していた。腕の内側で私の筋肉が鰹節のためばかり想って動いている。これが、愛だろうか。確信をもってそういう言葉を留めることができず、舞美くんに露わにした。
舞美くんは強烈な眉をしている。太いとか細いとか濃ゆいとか軽薄とかではなくて、愛おしい眉の形をしているのだ。可愛らしい鼻の形に、口元にはなんとほくろがある。どうしたもんか、愛している。強烈に猛々しく愛している彼に、これが、愛だろうか。とは訊けず、
「鰹節に向かう、私の筋肉の動きこそが愛なのかと」
と昼下がりの日曜日、喫茶店でアイスコーヒーとアイスココアを並べた端っこの席、舞美くんに無防備な言葉をぶつけた。
当然のように舞美くんは美しい顔を一瞬間歪ませたから、言葉なんてもう要らないと私は満足したが、ロングスプーンでアイスコーヒーをひっかきまわしていじめながら、彼は答えてしまう。
「違うんじゃないかな。愛というより、鰹節に対する執着だ」
唇が動くたびに胸が萎んだり膨らんだり忙しいことを、舞美くんはわかってくれないのだ。

それでもいい、私は愛している。鰹節も、舞美くんのこともきっと世界中で一番愛している。

「あい子さんは、このあと、どうするの」
私の予定を気にするのは、舞美くんがこのあとに予定があり、私に早く帰りを告げて欲しいサインだ。それでも私は、それに応える気はない、だって舞美くんの時間を占有する予定の他の人間のことなんかどうだっていいから。だけど意思をもつ舞美くんが、私のこんな醜い嫉妬心に目もくれず、ではそろそろ、なんて言って席を立ってどこぞの女か男か友達か知り合いかもしかしたら恋人かもしれない人間のために、私を置いていく未来がすぐそこまで来ている。
どうしよう。
「このあとはね、なにもないよ。舞美くんのために、空けてある」
私がした失敗は、もう二度と返ってこない。この発言により舞美くんの美しすぎる瞳が曇ってしまった。
どうして恋は儚いのだろう、恋は終わるのだろう、恋は愛に変わらないのだろう、私の縛り付けるような今の言葉は、恋でしかなく、舞美くんは怯えてしまったのだ。鰹節の話に戻るように運転を切り替えたけれど、一瞬の瞳に曇りが訪れたことは消えやしないし、数十分後には舞美くんがドアベルをため息混じりに(私への恐怖心と鬱陶しさからくるため息だ)この店を出ていくのかと思うと吐き気さえ催す。
「それで、鰹節のどこがいいの」
「すべて」
「たとえば? 」
「その美しさ。心に響く甘やかな声」
「声? 」
「透明さ。心から滲む言葉の選別」
「言葉? 」
「すべて......」
「ねえ、鰹節の話だよね? 」
喫茶店に流れる適当で丁度いいベストな居心地を作り出そうと頑張った形跡の音楽が邪魔で仕方ない。要らないのに押し付けがましい音。まるで今の私みたいだ。
涙が出てきた。好きだ。好きだ。好きだ。好きなんだ。愛している。
「どうしたの、あい子さん? 」
私の名前を呼ばないで。私の姿をその瞳にうつして狼狽しないで。私の存在を知らないまま生きてほしい。私なんかくずかごに入れて放っておいてほしい。舞美くん。舞美くんは私のこと、どう思ってるの? 何も思ってないの? 無関心が一番いや。嫌いでもいいから、無関心は一番いや。
「なんでもないの」
「なんでもなくないよ、泣いてる」
「あくびが」
「嘘つかないでよ、俺とあい子さんの仲だろ? 」
「それってどういう仲なの? 」
空気は固まってしまった。この沈黙はもう破ったら終わってしまう、関係が終わってしまう。喫茶店でただ少し長く一緒にいたいだけだったのに、今日が最後になってしまう。鰹節の話をするには、不自然すぎる、どうすればいいの。
「俺は、いい仲だと思ってるよ」
笑った舞美くんはやっぱり素敵で、なにより一番好きなところは、これだ、と確信した。

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