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恋人はカフェテリア⑥(ひとは音楽にまみれる夏の虫)
カフェ音楽は縁の下のちからもち
ことばには力がある。
そう信じているわたしがいます。
元気がないときや、落ちこんだとき、書き手の魂がこもった一遍の詩が、ひとを救ってくれることもあります。
不思議ですね。
バラバラな記号を一定の法則で並べるだけで、ひとの心を動かしてしまうんですから。
さて、音楽もひとの気分を変えてくれる魔法、です。
あたたかい音楽があれば、飛んで火に入る夏の虫のごとく、人は演奏者のまわりに集まっていきます。
カフェを訪れたときも、そこでかけられている曲がどのようなジャンルなのか興味があるので、来店すると、私はついつい耳をそばだててしまいます。
有線で今はやりの曲を流していることもあるし、ジャズやクラシックを流しているところもありますよね。
あるいは無音で、何もかけていないお店もあります。
そういう場合は、カウンターで店主との他愛ないおしゃべりに興じるタイプのアットホームなカフェだったり、コーヒーマシンの蒸気の音などが自然とBGMになっていることが多いです。(やはりそういったカフェには、落ち着いて時間を過ごしたいと思っている人が集まり、おしゃべりをするときも、ゆったりと静かに話すひとがいらっしゃいます。)
けっして目に見えることはないけれど、カフェでの音楽はお客さんの居心地のよさを支える、縁の下の力持ち的な存在だといえるでしょう。
選曲と音量のたいせつさ
私は比較的しずかな人間なので、有線や洋楽よりも、ゆったりめのジャズやボサノヴァが流れているカフェのほうが好みです。
なぜかというと私、人より耳が数倍いいみたいなんですよね。
ふたつみっつ離れたテーブルでカップルがおしゃべりをしていても、すぐその内容が頭に混入されてしまいますし、本を読んでいたり、こうやって記事を書いていたりしても、その会話に心の中でつっこんでしまったりとかして、どうにもこうにも集中できなくなってしまいます(笑)(下記の記事参照)
https://note.mu/nanavi/n/n902057ae9826?magazine_key=m89491c6d895d
逆に、集中力がない人間なのかもしれませんが。
邦楽や洋楽が流れていても、ついつい歌詞にフォーカスが合ってしまって(英語でも、です。)、この詩はつまらないなーとか、この英語は日本語訳するとこういったような意味かなあーとか考えてしまうので、頭がやすまりません。
そういうとき、歌詞のないジャズや、何語なのか分からないような言葉でささやくように歌いこなされるボサノヴァは、私のぼーっとしたい願望を如実に叶えてくれるのです。
いったん頭のなかがそれで満たされると、周りの人の会話が気にならなくってきますし、音楽は精神的な個室をつくる、という役割も担っているのだと思います。
あと、忘れてはならないのが音量の大きさです。
曲の音量が大きすぎると、音楽が頭のキャパから表面張力をこえてあふれてきてしまって、どうにもこうにも落ち着きませんし、何よりおしゃべりを楽しみたい、と思ってやってきたお客さんたちの妨げになります。
私自身の経験からいいますと、空間が広いからといって音量を大きめにするのも、居心地のよさとしては逆効果かなーとは思ったりして。
もしかしたら、お客さんの数と音量の大きさは比例させたほうがよいのかもしれません。(書きながらふと思った仮説です。)
前にも言いましたが、お客さんの『すき』、がカフェを完成させるのです。
そういうワケで、選曲はそのカフェのイメージ作りにもなりますし、どういうお客さんに来てもらいたいかを店側が示すことのできるツールでもある、と考えています。
音楽が主役になるとき
この前も素敵なカフェにお邪魔してきました。
変わったカフェだなー、とたずねる前にはうすうすと思っていたのですが、期待通り、私好みの空間。
エレベーターがなく、お店まで階段を登らなくてはいけない仕様になっているところにも惹かれましたし、一階にインターフォンがあるので、ぴんぽんを押して混雑状況を店員さんから教えてもらえるという、このカフェ独特の文化にも惹かれました。
屋上のプレハブを改造して、半分が完全にオープンスペースになっており、夜空がぽかんと口を開けて待っています。
もしも都市部ではなかったら、星が見れたかもしれませんね。
きわめつけは毎日の、ミュージシャンたちによって行われる日替わり生演奏です。
キーボードとヴァイオリンによるデュオが、私の時間での担当でした。
一体全体何を演奏するのか、とわくわくして待っていると、その旋律に思いがけずふふっと笑いがこぼれます。
最初はきき覚えのある曲だなあーと思って聞いていたのですが、どうにもこうにも懐かしい響きがするので。
カウンターで目を閉じて、マスターにオススメしてもらった桜モヒートを味わっていると、髭の生えたおじさんが飛びあがってブロックを叩き、コインを手に入れている光景が浮かびました。
やっと周りのお客さんも、ふたりが何を演奏しているのかに気が付いて、にやにやと顔をゆがませ、そして少しだけざわざわと、演奏のスパイスに早変わり。
その後もルパン三世の主題歌などを演奏してくださって、最後は店の中があたたかな賞賛とここちよさで一体になりました。
すこし、飲みすぎてしまったせいかもしれません。
ここでは、お勘定を支払うとき、店員さんがお代とは別にぽち袋を手渡してくださいます。
本来、ミュージックチャージはありませんが、演奏してくださったミュージシャンのために、こころばかりのお気持ちをいただけないか、とのことでしたので、僭越ながら私も、少しばかりお礼させていただきました。
その日、この瞬間はもう帰ってこないでしょうし、あそこにいた私以外のお客さんも全員が、また二度と集まることはないでしょう。
桜が散ってしまった後のような、楽しさが尾を引く、帰りたいような帰りたくないような……さみしい気持ち。
それを、空になった桜モヒートのグラスに重ねあわせて、私はまた、あてもなくつぎのカフェをさがします。
今回も最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございました。
この文章は『こころばかりのお気持ち』制です。この後、おまけとして私の個人的なプチデートテクニックと、本当は教えたくはないのですが、今回紹介した素敵なカフェの場所がちっちゃく書いてあります。雰囲気のあるオトナの夜デートに最適です。
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私はいま全国でヒーリングの旅をしようと、画策しています。もしも、サポートいただけたら、それは旅の資金にしようとしていますので、私の作品に少しでも感銘を受けてくださいましたら、ぜひ、サポートよろしくお願いします。旅のレポートが書けるのを楽しみにしています。今からワクワクです☆☆☆